検察、組織の序列あらわに 全面対決 【工藤会トップ裁判】

西日本新聞 社会面

〈マンスリー報告 11月〉弁護側、指揮権巡る隙突く

 特定危険指定暴力団工藤会が関与したとされる市民襲撃4事件で、殺人などの罪に問われた同会トップで総裁の野村悟被告(73)とナンバー2の会長田上不美夫被告(63)の公判が10月23日に福岡地裁で始まった。審理は週1、2回のペースで開かれ、来年夏以降に結審する見通し。組織的な凶悪事件で指定暴力団トップが罪を問われた異例の裁判。両被告の関与を直接示す証拠がない中、最大の焦点である指揮命令の有無は立証されるのか。毎月最終週に「工藤会トップ裁判」を報告する。

きっぱりと否定

 ≪10月23日、地裁の904号法廷。両被告は黒っぽいスーツに身を包み、目を合わせることなく法廷に入った。検察官が4事件の起訴状を朗読すると、証言台の前に並び立った2人はきっぱりと関与を否定した≫

 野村被告 四つの事件全てにつき無罪です。

 野村被告弁護側 元漁協組合長射殺事件は、(田上被告が2002年に殺人容疑で逮捕、不起訴処分となっており)検察官が公訴権を乱用した違法な起訴で公訴棄却すべきだ。いずれの事件も実行犯らと共謀したことはなく、殺害の指揮命令をしたこともない。他の3事件は、実行犯が殺意を持っていなかった。

 田上被告 (射殺事件について)被害者の殺害を実行犯らと共謀したことはない。全く身に覚えのないことです。(残る3事件は)当時、会長であったことは認めるが、被害者の殺害を企てたことはなく、全く関与していません。

 田上被告弁護側 各公訴事実はいずれも無罪。射殺事件に関しては検察官の公訴権乱用。その他の組織的殺人未遂事件は実行犯らの殺意を欠いている。

元組員や組長証言

 ≪第8回公判までに検察側証人として、元組員2人、福岡地検事務官、工藤会系組長2人、元組合長の長男や知人ら計9人が出廷。検察側は元組員らの証言を基に、工藤会の強固な組織性を浮かび上がらせようとした≫

 元組員(1) (会ナンバー3で理事長の)菊地敬吾被告(47)=組織犯罪処罰法違反などの罪で起訴=の身の回りの世話を担当した。菊地被告は毎朝、田上被告の自宅にあいさつに行き、田上被告の車を菊地被告の車が追従して「本家」と呼ばれる野村被告の自宅に向かう。田上被告の車を追い抜くことはなかった。

 本家に着くと、田上被告の車は敷地内に入り、菊地被告の車は門の前に止める。野村被告が2階から下りてくると、田上被告以外の幹部が正座して手をつき、「おはようございます」とあいさつをした。

 元組員(2) (会最大の2次団体)田中組の経理を担当。会と組の運営費は序列に従って納める金額が変わる。組が出す他団体への年賀状はトップで組長の菊地被告以下、序列順に名前を記載した。射殺事件では、服役中の実行犯=無期懲役が確定=に現金100万円を差し入れ、家族に毎月5万円の仕送りをした。

運営関与「ない」

 ≪2人の現役組長も工藤会が序列に従った組織だと証言する一方、野村、田上両被告の組織運営への関与は「ない」と口をそろえた≫

 組長(1) (最高幹部の)幹事長などを経験した。会として他の暴力団に送る年賀状は、野村被告以下の序列順に名前を記す。総裁と会長は組織の運営に一切口は出さず、執行部に任せていた。事件について話すこともなかった。

 組長(2) 本家で来客対応など雑用をしていた。会の中でも序列という言葉を使うことはある。(毎年12月にある)新年行事の「事始め式」には毎回出ていた。野村被告や執行部が上座、それ以外が下座。

 私はほぼ毎日、本家にいたが、朝、野村被告が2階から下りてくるときは正座してあいさつする。田上被告が来るのは週に4回ほど、菊地被告は2回来るかどうか。田上被告は野村被告を尊敬しているように見えた。野村被告が組員に何か指示をすることはない。組員が野村被告に直接、上納金を持ってくることはない。どこでもそうでしょう。平社員が社長に直接持っていかないじゃないですか。

「尊敬」と「恐怖」

 ≪元組員らは、裁判で証言することへのためらいや恐怖心も隠さなかった。一方で、トップへの尊敬や感謝の言葉を並べる場面もあり、今なお残る影響力の大きさも垣間見えた≫

 元組員(1) 組織のトップの方々なので、証言にはためらいが強かった。家族に何かあるんじゃないかという怖い思いも強い。それでも話したのは被害者のことを考えたから。自分自身も家族を持ち、やり直すなら今だと思った。

 元組員(2) できれば証言したくなかった。田上被告には世話になり、今も尊敬しているし、申し訳ない気持ちがある。自分のしたことなら話そうと思った。

 組長(1) 野村被告は隠居のような、みんなを見守ってくれる立場と理解している。会長は組織の象徴。組員を辞めるつもりはない。辞める理由がない。

 組長(2) 野村被告は会を引退された象徴と考えている。尊敬しているし組員を辞めるつもりもない。

報告書に疑問も

 ≪事始め式などのDVD映像を報告書にまとめた検察事務官に対し、弁護側は報告書にない式典の場面について繰り返し質問した。指揮権は菊地被告に渡っていたのではないか-≫

 検察事務官 野村、田上両被告がそれぞれ会長になった際の継承式や、事始め式のDVD映像を報告書にまとめた。事始め式では広間に組員らが正座する中、野村被告、田上被告の順番で入場。菊地被告が両被告の前で正座して新年のあいさつを述べていた。

 弁護側 事始め式では、田上被告が組織の指揮権を表す「軍配」を菊地被告に渡す場面がある。なぜ報告書に取り上げなかったのか。(指揮権が移ったと思われたくない)検察側の主張に沿うように、報告書が作成されたのではないか。証人はヤクザの世界の行事に知識はあるのか。

 事務官 報告書は的確かつコンパクトにまとめる必要があり、重要と思われる部分を選んだ。行事の知識はそこまではない。

巨大利権へ執着

 ≪北九州市が1996年に総事業費約1千億円の港湾事業を発表。漁業補償金の分配に影響力があった元組合長の長男らにも工藤会から利権要求が続いた。元組合長は野村被告との接触を避けていたという≫

 長男 事件の約1年前から少なくとも3回、組員から利権を求める働き掛けがあり、全て断った。父の四十九日が終わった後、知人から「田上被告が会いたがっている」と言われたが、工藤会が父を殺したと思っていたので断った。

 知人からの電話に田上被告が出た際には「20年、30年警察とやっていくつもりか。(私の叔父と)よく話して連絡して。警察に言ったらいけんよ」と言われた。親族からも「小倉の執行部は若いから何でもしますよ。殺されるか工藤会の言うことを聞くかしかない」と言われたことがある。「小倉」とは工藤会のことを指している。

 以前は警察や検察に対する不信感があった。しかし、野村、田上両被告が逮捕され、本気なんだと思った。知っていることは全て話していこうと思った。

 知人(1) 複数の会社を経営。92~93年ごろ、元組合長と私の部下の計3人で訪れた市内の飲食店に、野村被告と組員らしき6、7人が来店した。元組合長は「野村が来ている。気分が悪い」と険しい表情で話し、入店から数分で私の部下と先に店を出た。

 知人(2) (1)の部下。私と元組合長が店を出ると、スーツ姿の男が追い掛けてきて「あいさつくらいしてくださいよ」と求めたが、元組合長は無視した。野村被告にあいさつするよう言っていると理解した。

 知人(1) 事件数日前に元組合長は「小倉にいるのも疲れたので離れたい」とこぼしていた。「組の若い者がわきまえを知らない」とも話していた。

 元組合長が経営していた会社の元取締役 元組合長が殺害される前、事件の実行犯とみられる男が砂の購入に関する商談を持ち掛けてきた。男の様子から暴力団と判断した。高額で商談は成立しなかった。 (工藤会トップ裁判取材班)

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