1983(昭和58)年5月30日の朝刊に掲載された写真を見て…

西日本新聞 オピニオン面

 1983(昭和58)年5月30日の朝刊に掲載された写真を見て多くの日本人は驚いた。先進7カ国首脳会議(G7サミット)の首脳集合写真で、中曽根康弘首相(当時)がレーガン米大統領(同)の隣、全体のほぼ中央に写っていたからだ

▼それまでサミットの写真といえば、日本の首相は隅の方にいるのが定番。中曽根氏の立ち位置は世界における日本の存在感を示すとともに、日本人の心をくすぐった。あざといが戦略的な行動だった

▼中曽根氏が101歳で亡くなった。戦後政治の総決算を掲げ、日米同盟強化や行政改革を推し進めた業績には功罪両面の評価があろう。ただ現在も与野党の別なく政界で引用される言葉がある。中曽根氏の唱えた「外交四原則」だ

▼一、国力以上のことはやってはならない。二、外交は賭けであってはならない。三、内政と外交は互いに利用し合ってはならない。四、世界の正統な潮流に乗ること-。中曽根氏は先の大戦における日本の失敗を教訓に、この原則を考えたという

▼双方の政治家が国内の支持層受けする強硬発言を繰り出すうちに行き詰まった日韓関係を見るにつけ、中曽根氏の原則「内政に利用してはならない」を思い出す。四原則は今なお重みを増す

▼ちなみに現在のサミットでは、集合写真の立ち位置は就任期間などに基づきその都度決められるため、中曽根氏のようなパフォーマンスはできないらしい。

PR

春秋(オピニオン) アクセスランキング

PR

注目のテーマ