世界はややこしくなった

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 「昔は良かった病」というのがあるそうだ。何かにつけて「昔は良かった」と言いたがる年寄りの習性を揶揄(やゆ)する表現らしい。

 1989年12月3日、ブッシュ(父)米大統領とソ連のゴルバチョフ共産党書記長が会談し、東西冷戦の終結を宣言した。その日からまもなく30年となる。

 冷戦が終結したとき「これで世界は平和になる」という楽観論が広がった。しかし30年後の今、世界では宗教、民族、国家間の対立が同時多発的に生じ、不安定さは増すばかりだ。

 その複雑さにうんざりし、私は時折「冷戦時代は良かった」などと口走ってしまう。重症の「昔は良かった病」患者なのだろう。

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 国際社会の行動原理を裏社会の対立構図に例えて説明したい。国家や指導者に対しいささか失礼な例えだが、わかりやすさ優先でご容赦いただきたい。

 冷戦とは、米国を親分とする「西側一家」と、ソ連を親分とする「東側一家」の対立だった。それぞれ武器を蓄え、力を誇示して相手とにらみ合っていた。

 親分は子分たちを大事にする一方で、勝手な動きをしないよう抑えていた。子分が相手の親分とぶつかるようなことがあっても、親分同士の交渉で収めた(62年のキューバ危機)。全面抗争に発展すればどちらも負う傷が大き過ぎるからだ。自分の子分同士のもめ事も嫌った。

 世界は「西側一家VS東側一家」の構図の下で、実際には長期間安定していた。西側親分の米大統領と東側親分のソ連書記長の2人が、破滅を避けるため合理的に判断できる人物でさえあれば、世界にはそれなりの平和が保障された。

   ◇    ◇

 冷戦終結でこの構図が崩れた。東側一家の解散により、米国親分を頂点とする単一組織の秩序ができるかと思われたが、米国親分にはすべてを仕切り面倒を見る力量がなかった。

 米国親分は自分勝手に振る舞うようになり、子分を大事にしなくなった。西側一家の幹部の結束は弱まり、今や幹部会(G7)でも方向性を出せない。

 一方、東側一家の一員だった北朝鮮は、かつての親分がもう頼りにならないと見るや、生き残るため核開発を加速させた。どちらの一家にも属さなかった中国やイスラム諸国という新興勢力も主要プレーヤーに台頭。2人の親分が押さえていた世界は、今やさまざまな構成員が勝手な思惑で動く無秩序な世界になった。その分衝突も多くなる。

 冷戦時代と現在の世界とどちらが安全か。簡単には言えないが、世界がより「ややこしくなった」ことは間違いなさそうだ。

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 冷戦時代を「単純で良かった」などと懐かしがっている私は愚かである。そんなことを言ったところで、冷戦秩序が復活するわけでもないからだ。米ソの核弾頭があふれかえっていた冷戦時よりも現在の方がまし、と考え直すしかない。

 誰かが秩序を回復してくれるのを待っていても、らちが明かない。混迷の世界を生き抜くため、日本も立ち位置を探りつつ、新たな秩序づくりに参加していくほかはない。しんどい作業だけれども。クリスマスのイルミネーションを横目に、そんなことを考えているポスト冷戦30年の冬である。 (特別論説委員)

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