「イエズス会神父埋葬か」 天草・正覚寺 IHSと刻んだキリシタン墓碑

西日本新聞 熊本版

 天草市有明町上津浦の正覚寺にある「IHS」と刻まれたキリシタン墓碑(県指定文化財)。地元有志でつくる天草キリシタン研究会(浜崎献作会長)が「紋章に『IHS』の文字がある、イエズス会の神父が埋葬された可能性がある」とする新たな仮説をまとめ、「私のキリシタン」というタイトルで来春出版する。34年前の発見以来、謎とされる墓碑に再び注目が集まりそうだ。

 墓碑は高さ33センチ、幅52センチ、長さ54センチ。安山岩を削って作られ、かまぼこのような形をしている。1985年、寺の改築工事に伴い4基見つかり、うち1基には「IHS」や干十字(かんじゅうじ)、「慶長十一年 一月廿四日」などの文字が刻まれる。右側に彫り直した後があり、下の方には「一日」などの小さな文字も。「大つ●●●た」(●は判読不能)が死者名とみられる。

 浜崎会長(75)によると、合併前に編さんされた有明町史では、墓碑は「大つるきんた」という女性のものとしているが、地元に「おおつる」という姓はなく、男子修道会であるイエズス会の紋章を使うとは考えづらいという。

 京都で見つかった「IHS」と刻まれた別の墓碑は、神父クラスのイエズス会士のものとされている。研究会は、慶長11年(1606年)前後に死亡し、天草につながりがある会士について、キリシタン研究の第一人者である慶応義塾大の高瀬弘一郎名誉教授に照会。バルタザル・ロペス・オ・グランド神父(1532~1605)が浮上した。

 ポルトガル出身のロペス神父は1570年に来日。92年に現在の上天草市大矢野町、1600年に天草市佐伊津町のレジデンシャ(宣教師の駐在所)にいたという記録がある。05年12月3日(旧暦10月23日)、長崎で死去した。同姓同名の神父と区別するため、「大(グランド)」と呼ばれていたという。

 浜崎会長らは「墓碑の『大』はロペス神父を指し、右下部分の『一日』などは没日の漢数字『三』が削られたのでは」と推測。ロペス神父の墓の可能性がある、との結論を導いた。現在、原稿の推敲を重ねている浜崎さんは「仮説を補強するべく、ロペス神父の足取りなどをさらに調べたい」と話している。(金子寛昭)

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