「転ばぬ先の杖」課題も 任意後見、移行型で不適切事例

西日本新聞 くらし面

成年後見はいま 開始20年(4)

 福岡県行橋市の佐々木美智江さん(80)は12年ほど前、夫を亡くした。子どもはいない。身内は中部地方の妹だけ。「先が不安で…」。心の調子も崩した。

 倒れたときなどに備え、知人に家の鍵を預けるが、さまざまな契約や財産管理までは頼めない。成年後見制度の「任意後見」を知り、利用することにした。

 判断能力が落ちた時、生活や財産管理を手助けしてくれる人を元気なうちに決めておき、その人と契約しておく制度。判断できなくなってからが利用対象の法定後見と違い、事前に備える「転ばぬ先の杖(つえ)」だ。

 支え手である「任意後見人」になってくれる人には、地元の司法書士、安藤裕成さん(58)を選んで契約した。これとは別に、独り身で衰えに気付く人がいないことから、任意後見を実際に始める時期を見極めてもらう契約も結んだ。

 「これで何があっても心配ない。余裕ができました」。笑顔を見せた。

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 制度は、佐々木さんのように本人と任意後見人になる人が契約を結ぶのが第一歩。本人が衰えると、周囲が家庭裁判所に報告し、後見人の仕事をチェックする「任意後見監督人」を選任してもらう。そこで初めて支援が動きだす。

 契約にはいくつか種類がある。任意後見人になる人が本人と連絡を取り合い、後見開始のタイミングを見定める「見守り契約」を、任意後見と組み合わせるのが一つ。「将来型」と呼ばれ、佐々木さんが結んだのはこれに当たる。

 ただ、不適切な事例が続くものもある。任意後見人になる人に、元気なうちから財産管理を任せる「任意代理契約」と、任意後見を組み合わせる形。元気なうちは任意代理で、衰えたら任意後見で。この「移行型」でトラブルが目立ち、長く問題視されている。

 「父の財産を、母が勝手に使っているんです」-。

 福岡県の司法書士は、相談を受けた。移行型を利用する父母のことを、子どもが訴えてきたのだ。

 任意代理契約で父の財産を管理している母が、父が衰えたにもかかわらず、家裁で手続きせず任意後見を始めないという。父の預金から何度も、100万円単位でお金を下ろしていた。「財産を意のままにする狙いなのか、高齢でルールを分かっていないのか、どちらかだろう」。司法書士は母の行為をこう見る。

 任意代理契約は、財産管理を任された人を公的に監督する仕組みがない。任意後見が始まらないと、仕事をチェックする機能は働かない。なぜ、公的な監視が任意後見後からしか始まらないのか。

 任意後見は内容を公正証書で作り、法務局で登記される。しかし、この時点ではあくまで本人と任意後見人になる人の「民と民」の契約。家裁に任意後見監督人の選任を申請するまで、公的機関が関与するルールはない。公との関わりが少ない自由さが、逆に不正の温床にもなっている。

識者「エアポケット対策を」

 事態を重く見た法務省は本年度、実態調査を始め、公証人や法務局への聞き取りを進める。担当者は「任意後見監督人が長く選任されない例などを調べ、実態をつかみたい」とする。

 成年後見制度の理念「自己決定権の尊重」に最も沿うとされる任意後見が、適正に運用されていない現状をどう正すか。早稲田大大学院の山野目章夫教授(民法)は「任意後見は『民民契約』で公との接点がない部分があり、そこがエアポケットになって悪用につながっている。移行型は国の機関が随時、任意後見人になる人に当事者の状況を質問し、必要に応じて本人にも助言できる体制を整えるべきだ」と指摘する。

 最高裁によると、任意後見の利用者は2018年12月末で2611人(法定後見は約21万5千人)。専門家が任意後見人になると報酬が必要で、任意後見監督人の費用も掛かる。年金暮らしの高齢者にとって負担は重く、利用を諦めることも多い。

 移行型を巡る不適切な金銭管理、利用者の費用負担の大きさ-。制度が広がらないのは、高齢者に分かりにくい仕組みだけが理由ではない。スタート時から指摘される課題が、今なお積み残されたままだ。

 (編集委員・河野賢治)

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【ワードBOX】任意後見

 最高裁判所が公表している利用者2611人(2018年12月)は、任意後見監督人が決まって支援が始まっている人の数。一方、法務省によると、全国の法務局に登記された任意後見契約は約12万件(19年7月末)あり、低迷する利用者数と大きくかけ離れている。元気で支援が始まっていないケースや、衰えているのに必要な手続きをしていない事例が多く含まれるとみられる。

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