大滝さんの歌い方、継承したい 弾き語りライブ「I Stand Alone」 (2ページ目)

西日本新聞 吉田 昭一郎

 ★濃淡がある毛筆のような歌

 銀次さんは1970年代前半、日本語ロックの草分けバンド「はっぴいえんど」で活動していた大滝詠一さんに、自身のバンド「ごまのはえ」のプロデュースを頼んだ縁で大きな影響を受けた。出身地の大阪から、東京・福生にあった大滝さんの家のそばに借家して引っ越し、昼に指導を受けてバンド演奏し、夜は自宅でいろいろな洋楽を教えてもらったという。

 「大滝さんは数多くのソロアーティストのプロデュースをしていますけど、バンドのプロデュースはほとんどないと思います。僕は大滝さんの弟子なんです。大滝さんが亡くなった時、僕はなぜ大滝さんの歌が好きなんだろうかと、はっぴいえんどの1枚目から最後のアルバムまで、大滝さんの歌を全部、聴いてみました」

 「あらためて気付いたのは、のどで叫ぶ多くのロック歌手と違い、大滝さんは唇で歌っていて、英語の歌みたいにあいまい音がある。生前、『俺は東北出身だから、あいまい音なら得意なんだ』と言っていたのを思い出しました。多くのロック歌手の歌がフェルトペンの筆跡みたいだとすると、大滝さんは太かったり、すれたり濃淡がある毛筆の歌。ああいう歌い方をする人は日本にはもういない。それを僕なりに大滝さんから継承して歌っていこうと思いました。言い換えれば、ビング・クロスビーみたいな、『クルーナー』という歌い方ですね」

 「弾き語りツアーでも大滝さんの楽曲を歌っています。最近、よく歌うのは ♬眠るような陽を浴びて 君はブロンズ色♬ って、『ペパーミント・ブルー』」

 CDが退潮する中、作品宣伝をレコード会社に任せておけば済む時代は終わった。会員制交流サイト(SNS)のフェイスブックを始めてから、新たなファンと結び付いている。

 「フェイスブックを通じて、僕だけでなく、大滝さんの曲のリクエストも届くんですよ。フェイスブックを始めてからファンになってくださったり、『伊藤銀次という名は知っていたけど』と初めてライブに来てくださったり、涙を流してすごく良かったと言ってくださったり。今までなかったことなんです」

 「世の中、殺伐としていますけど、世の中、お金だけじゃない。毎日を楽しく、ロマンチックに生きていきたいなという、僕と同じような気持ちを持つ人たちとつながって、これからも音楽を続けていきたいと思っています」

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