聞き書き「一歩も退かんど」(34) 人生初の会見に緊張 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 石にかじりついてでも、人の道に外れた「踏み字」の責任を問う-。2004年が明けると、私は国家賠償請求の準備を着々と進めていました。顧問弁護士は中原海雄先生と野平康博先生。公務員である鹿児島県警の警官に踏み字や長時間の強制的な取り調べをされて肉体的・精神的損害を受けたとして、国家賠償法1条に基づき、県を相手取り賠償金を請求するのです。

 新聞やテレビの取材も入り始めました。1月27日付の西日本新聞に「不起訴男性が賠償提訴検討」の記事が載りました。取材した東憲昭記者が「金目当てじゃない。卑劣な捜査を許さない」と私の主張をはっきり書いてくれました。

 提訴間近のある日、中原先生が、改まった感じで尋ねてきました。こわもての先生と面と向き合うと、どこかの組に来たようで、威圧感は半端なかったです。

 「川畑さん。向こうは子どもが3人いる家族持ちだね。裁判でもし謝罪してきたらどうするかね」

 向こうとは、私に踏み字を強制したH警部補です。私は迷わず答えました。

 「踏み字をちゃんと謝ってきたら、私はいつでも裁判を取り下げます」

 私にもかわいい孫がいるので、裁判で子どもさんが傷つくのはふびんです。志布志事件はH警部補の単独ではなく、県警の組織的な企てであることも、よーく分かっています。この頃は実際、経営するホテルのカメラモニターに夜、車が映るたび、「お、Hが謝りにきたんじゃ」と腰を浮かしたものです。私はH警部補が謝罪に来るのを待っていたのです。

 中原先生は「それを聞いて安心した。裁判、頑張ろうな」と言われました。本当に人情肌の先生です。賠償金の請求金額は、穏当なところで、200万円としました。

 そして4月9日の朝が来ます。ホテルの朝食を作り終え、私は妻の順子と鹿児島地裁へ。両先生からは「書類を出すだけだから、わざわざ来なくていいよ」と言われましたが、私は「絶対行きます」と答えていたのです。両先生に付き添われて窓口に訴状を提出すると、提訴が完了。あっけないものです。すると、野平先生が「じゃあ、記者会見に行くよ」。

 事前に「やるよ」と言われてはいたのですが、記者会見なんて人生初めての経験。席に座ると目の前に記者さんがずらり。テレビカメラも陣取っています。いやー、緊張してきました。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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