われら前衛の徒 大分新世紀群の軌跡(8)2人の中学生 少年時代の観察眼 異能の原点

西日本新聞 文化面 藤原 賢吾

 絵を愛した2人の中学生は意を決し、眩(まばゆ)い光を放つ荘厳な空間の扉を開いた。その先には、キャンバスや石膏(せっこう)像、絵の具のチューブや筆が並んでいた。

 <はいってみると、そこは教会というよりも図書館のような静けさだった。床が静かに光っていた。店には若い男と女の店員が一人ずついた。お客も一人、静かに立っていた。焦茶色の革の背広を着て、画家のように見えた。いや絵の先生かもしれないと思った。まるで映画のようだ>(小説「雪野」)

 赤瀬川原平(1937~2014)は、初めて訪れた大分市の画材店「キムラヤ」を後にこう描写した。やがて、客の1人が店員と話しながら店の裏に回っていく。後ろ姿を見送った赤瀬川は続ける。<私は何か秘密を見たような気がした。この店には秘密がありそうだと思った>(同)

 その秘密こそ、美術サークル「新世紀群」だった。

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 この時、小中学校で同級生の雪野恭弘(83)も一緒だった。2人は家も近く、小学4年からの親友だ。

 「赤ちゃんの家は知的だった。お兄さん(直木賞作家の隼)もお姉さんも頭が良く、古い美術書もあった」。少年時代、フランスの写実主義画家クールベの絵を見て「いいねぇ」と感服し合ったこともある。

 当時、「いかにも」という言葉がなぜか琴線に触れた。いかにも貧乏人、いかにも金持ち、いかにも芸術家…。ピストルやベルト、テンガロンハットを自作して西部劇をまねし、「いかにもじゃのう」と言い合った。独特の感性の2人。

 <写真や映画で見る遠くのものが、すぐ目の前にあらわれるのがたまらなく嬉(うれ)しかった>(同)

 出入りを許された新世紀群では大人の世界を覗(のぞ)く。ある日先輩が、イーゼルの前にどたっと座り肩を落とした。仕事で疲れているのだろう。髪を手でばーっと払い、「いかんいかん」と言い絵を描き始めた。<いかにも悩みがあるという感じでね。ぼくら子どもだから、「凄(すご)い。悩んでいる」(笑)>(全面自供!)

 赤瀬川は目の人、言葉の人だった。後に無用の長物のような建物などを集めた「超芸術トマソン」を著し「路上観察学会」も結成。個性的な観察眼と味わい深い文章で才能を発揮する。1981年には「父が消えた」で芥川賞を受けた。

 「路上の変わった物をシニカルにではなく、純粋に面白がって内面に入り込んでいった。子どもの頃のやりとりを、大人になってもずっと大切にしていた」。雪野は赤瀬川の原点をこう振り返り、言葉を続けた。「純粋で素直だったんだろうな。今でも面白いと思います」

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 41年から52年まで大分で過ごした赤瀬川は、高校入学からほどなく名古屋市に転居する。雪野とは文通を重ね、新世紀群の先輩だった吉村益信の後を追い、共に現在の武蔵野美術大に進む。

 いずれの実家も家計は厳しかった。上京後すぐに仕送りが途絶え、赤瀬川も雪野も赤貧となる。同じく武蔵美に進んだ新世紀群元メンバーの三浦勉(84)=東京都=は回想する。

 「家賃がなくて夜逃げしたこともあるし、電車代がなくてキセルしたこともある。金がなくて皆やせ細っていた」。サンドイッチマンなどのアルバイトで食いつないだ。「府中に子豚がいて、それを盗もうと思ったこともある。3人ともその日暮らしでした」

 多くの人が貧しかった時代。左翼運動がトレンドだった。赤瀬川はメーデーのデモに雪野や三浦、吉村たちと参加。56年には米軍立川基地の拡張に住民たちが反対した砂川闘争にも赴き、1週間泊まり込んだ。

 <ゆうべは民家に分宿した。俺と三浦と二人で泊(とま)った家は拡張範囲には入ってないがすごくたい遇がよかった。「民独」(民族独立行動隊の歌)等歌ってデモッていると道端に居(い)る小さな子供迄(まで)「ススメーススメー」と歌って居るのには驚いた>(機関誌「新世紀」)

 赤瀬川はこう記すも、運動にはのめり込まなかった。<左翼シンパではあったけど、やっぱり政治闘争というのはタイプじゃない>(全面自供!)

 末っ子気質で積極的に前に出る性格ではなく、雪野も三浦も「真面目だった」と口をそろえる。ところが前衛美術を追求するようになると、千円札を模した作品群を制作。通貨模造の廉(かど)で起訴され、有罪となる。「芸術とは何か」が問われた美術史に名高い「千円札裁判」だ。

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 赤瀬川は新世紀群で出会った吉村らによって前衛美術に目覚めた。あの時、扉を叩(たた)く勇気がなければ、異能の表現者は生まれなかったのかもしれない。

 破壊的な表現で名を残す「ネオ・ダダ」は60年、新世紀群から吉村や赤瀬川が参加して結成された。そしてもう一人、忘れられない特異な表現者がいた。風倉匠(しょう)だった。 =敬称略

 (藤原賢吾)

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