「蘇える俳優」令和でも 山上 武雄

西日本新聞 オピニオン面 山上 武雄

 卒業した高校に先輩マツダさんのまことしやかな逸話があった。「ケンカを売ってきた3年生5人をボッコボコにした1年生」「足が長過ぎて履ける学生ズボンがなく、米国製のジーパン(今風にいえばデニム)で登校していた」

 彼は弁護士になるべく高校をやめ渡米。その後帰国して役者となり、大スターの座をつかんだ。ブレークしたのはホントにジーパン姿だった。

 ドラマ「太陽にほえろ!」のジーパン刑事はさっそうと現れ、アクション俳優として一歩を踏み出した(デニム刑事だと何だか弱そうだけど)。ドラマ「探偵物語」でイタリア製スクーター・ベスパを乗り回し、映画「最も危険な遊戯(ゆうぎ)」「蘇(よみが)える金狼(きんろう)」ではドンパチをやらかした。「家族ゲーム」では一癖も二癖もある家庭教師役を演じ切った。

 山口県下関市出身の松田優作。本紙夕刊で「没後30年」の連載を毎週水曜に掲載中だ。やせこけた男役の映画「野獣死すべし」で10キロ減量し、4本の奥歯を抜いた役作りに驚かされる。同郷の映画監督・佐々部清さんは「高倉健さんや菅原文太さんは作品にはまる。優作さんは、はまり切らないからわくわくする」。

 死の直前、病を押して出た映画「ブラック・レイン」ではヤクザを怪演。主演マイケル・ダグラス氏も健さんも彼の前にかすんだと思う。まさに、はまり切らなかった。

 最初の妻で作家の松田美智子さんが著した評伝「越境者 松田優作」によれば、高校時代は無口でおとなしく、目立たなかったと同級生は証言する。「俺たち仲間の前で暴力的なものは一切見せんやった」。スクリーンににじみ出る言いしれぬ怖さはない。語り継がれた「ボッコボコ事件」も「ジーパン登校」伝説も事実ではないだろう。

 ただファンにとってはヒーローである。人間、そんなに単純化できない。複雑だからこそ面白い。あのカッコイイ偶像に酔うのだ。

 「越境者」によると「明るい場所よりは暗く湿った場所を、直線よりは歪(ゆが)み、屈折の方に興味を持った」。父親の顔を知らない非嫡出子、在日コリアンとして差別される出自に悩みもしたという。光もあれば影だってある。抱えた悩みや怒りを放出するように演技へと昇華させたのだろう。

 平成の初っぱな、40歳の若さで、がんのため彼岸へ渡り、11月で30年。唯一無二の役者マツダさんは元号が変わっても、生き生きと語られる。

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 ▼やまがみ・たけお 山口県下関市出身。2001年、中途入社。北九州支社、運動部、大阪支社、佐世保支局を経て、くらし文化部編集委員。

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