聞き書き「一歩も退かんど」(35) 亡父のため勝ちたい 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 会場は報道陣で埋まっています。2004年4月9日、鹿児島市の鹿児島県弁護士会館。着慣れないスーツにネクタイ姿の私。踏み字国家賠償訴訟の記者会見の始まりです。まず、弁護団長の中原海雄弁護士が宣言しました。

 「われわれはこの事件をこれから『踏み字事件』と呼びます」

 頼もしいなとほれぼれしていたら、「いいネーミングと思いませんか」と記者に相づちを求めるので、ちょっとずっこけました。

 中原先生は続いて「この訴訟の後、刑法195条(特別公務員暴行陵虐罪)に抵触する行為をしたH警部補を刑事告訴する予定です」ときっぱり。県警に徹底抗戦していく、のろしを上げました。

 野平康博弁護士は「江戸時代のキリシタン弾圧を思わせる踏み字が行われたことは、断じて許し難い」と県警批判のトーンを上げます。「今回の事件は物証がない中で自白を取ろうとした警察官の功名心が生んだもの。他にも被害を受けた人を把握しており、密室での暴力的な捜査に警鐘を鳴らす契機にしたい」

 さすがは両先生。立て板に水とはこのことです。「では、川畑さん」と中原先生が発言を促しました。もう出たとこ勝負です。

 「私はずっと警察を信じて協力してきたのに、踏みにじられました。密室で行われた違法な出来事を明らかにして、自分のような思いをする人が二度と出ないようにしたい、と提訴しました。国民のため、(他の大多数の)良い警察官のためにも、私は頑張りたいと思います」。そして、こう付け加えると、突然、涙があふれたのです。

 「亡くなったおやじのためにも勝ちたい…」

 会見では、踏み字に書かれた三つの言葉を報道陣に示しましたが、その一つが、亡くなった父、栄三をかたった言葉でした。H警部補は「栄三 お父さんはそういう息子に育てた覚えはない」と書いた紙を、私に踏ませたのです。

 父は名もない貧しい農家ですが、厳格な人でした。ラムネ瓶のビー玉を外したぬれぎぬで、私を骨折するほどたたいた話を前にしましたね。人の道に外れる行いを絶対に許さない人でした。それなのに、一人息子がいわれのない選挙違反の疑いを掛けられては、さぞや無念でしょう。

 天国のおやじのためにも一歩も退(ひ)かんど-。涙をぬぐって改めて誓いました。さあ闘いの始まりです。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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