「平和には戦争以上の忍耐と努力が必要」中村哲さんがアフガンで本紙記者に語ったこと

西日本新聞 一面 中原 興平

 一切れの肉とジャガイモだけが入ったスープ、ナン、輪切りにした生の大根。ぜいたくとは言えない夕食を前に、中村哲医師はぽつりと言った。「ここでは、形だけの言葉はせからしい。現場を見れば分かりますよ」

 2014年11月。中村さんの活動を通して平和の在り方を見定めたいと考え、アフガニスタンを訪ねた。

 言葉の通りだった。用水路の建設現場に向かう車窓から見えたのは、小麦やかんきつ類の畑、高々と伸びた木々。大勢の子どもたちが、軒を連ねる商店の前を歩いて登校していた。

 一帯はかつて、村ごと移転するほど荒廃していたと聞かされても、信じられなかった。広がる光景のすべてが用水路の恩恵だった。「俺たちも信じられないんだよ」。現地スタッフが片言の英語と手ぶりで懸命に話してくれた。食い詰めて兵士となった経験がある年配の男性は「もう銃を持たなくていい」と、落花生を収穫する手を止めて笑った。

 当時から治安は最悪。中村さんは安全の確保に心を砕きながら、仕事に没頭していた。自由に出歩くことはなく、宿舎と現場を往復するだけの毎日。現場では絶え間なく動いてスタッフに指示して回り、自らショベルカーも操った。傍らにはライフル銃を手にした護衛が常に寄り添い、不測の事態を避けるため夕方前には宿舎に戻った。その後も深夜まで工事の図面を引き、報告書を書いていた。

 娯楽らしい娯楽はなく、食事も毎回、ほぼ同じ質素な献立。異国の辺境でなぜ、そうまでするのか。クラシック音楽が響く中村さんの自室で尋ねた。「私が昔の日本人だからじゃないですか」

 活動の原点は、登山隊の医師としてアフガニスタンとパキスタン国境に赴いた際、治療を懇願する貧しい病人たちに応じられなかったことだ。その後、両国で診療所を開設。さらに、干ばつの影響で次々と命を落とす子どもたちの姿に、かんがい事業を決心した。「義を見てせざるは勇なきなり」。眼前で苦しむ人々に、できる限りのことをしてきただけだという。

 「平和には戦争以上の力があります。そして、平和には戦争以上の忍耐と努力が必要なんです」。子どもでさえ銃を手にする現地に丸腰で臨み、「郷に入っては郷に従え」と地元の文化を敬ってきた中村さんが貫いてきたのは確かに、私たちが大切にしてきた日本の精神に他ならなかった。

 中村さんと最後に会ったのは、一時帰国していた10日ほど前。テロや干ばつの影響が各地で深刻化する中、さらに事業を拡大する計画を語ってくれた。「まだまだやめられませんね」。その言葉の重みは今、私たちに委ねられた。 (中原興平)

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