戦乱の砂漠に命の水 井戸、用水路で緑に変え 中村哲さん死亡

西日本新聞 総合面

 4日、何者かに銃撃されて亡くなった中村哲医師(73)と非政府組織ペシャワール会(福岡市)は、国際社会がアフガニスタンに注目する前から現地で地道な活動を続けてきた。戦乱と干ばつ、貧困の中、約30年にわたり難民の診療体制を整え、食糧支援や農村復興、帰還難民の生活再建まで幅広く取り組んできた。

 同会は1984年にパキスタン・ペシャワルでハンセン病根絶治療に携わる一方、87年から難民救済のため、アフガンで巡回診療を開始し、無医地区に診療所を開設した。現地スタッフを養成しながら医療活動を続け、最大11カ所の診療所と病院を運営。医者のいないアフガン山岳地帯の診療体制を整えた。

 2000年夏、大干ばつで疲弊したアフガンの大地に命の水をよみがえらせようと約1600本の井戸を復旧、掘削。その3年後にはカレーズ(かんがい用水路)建設に着手。これまでに造った用水路や給排水路は計100キロ以上に及ぶ。

 かつての砂漠が緑の農地に生まれ変わった後も、中村さんは年間の3分の2は現地に赴いた。現場監督として作業員を指揮するだけでなく、自ら重機に乗り込み、かんがい用水路の拡張工事や取水口の修復などに明け暮れてきた。

 今年10月、中村さんはアフガンのガニ大統領から名誉市民権(市民証)を授与された。さらに用水路の設置地域を隣接州に拡大する方針も示していた。

 さまざまな困難にも見舞われた。01年には米中枢同時テロが発生。米英軍によるアフガン空爆が始まり、約5カ月間、アフガンに入国できなかった。08年には現地スタッフの伊藤和也さん=当時(31)=が武装グループに拉致、殺害される悲劇にも遭遇した。

 それでも中村さんとペシャワール会の「誰も行かないところに行く。誰もやりたがらないことをやる」という姿勢が変わることはなかった。現地住民の視点に立ち、人道支援の道をひたすらに歩み続けてきた。

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