かんがい事業続けるのが遺志 中村哲さん死亡

西日本新聞 社会面 吉田 真紀 金沢 皓介 阪口 彩子

 戦乱と干ばつによる混乱が続くアフガニスタンで、30年以上にわたって人道支援に取り組んできたペシャワール会現地代表の中村哲医師(73)が4日、凶弾に倒れた。医療支援のみならず、2000年以降は用水路建設にも尽力。貧しい人々に寄り添う活動は現地でも高く評価されていた。「名誉市民として認められていたのに、どうして…」。家族や同級生、ペシャワール会の関係者は言葉を失った。

 「あと20年やると言っていた。無念でしょうがない」。中村哲さんが現地代表を務めるペシャワール会の福元満治広報担当理事(71)らは4日、福岡市中央区の事務局で記者会見を開き、「事業が中止になることはない。それが中村医師の遺志だ」と声を振り絞った。

 事務局には同日午後4時すぎに死亡の連絡が入った。この日は、ボランティアスタッフ約20人が会報の発送作業をしていた。訃報を伝えると、多くのスタッフがその場で泣き崩れたという。

 ペシャワール会は1983年、中村さんの医療活動を支援する目的で設立。2000年に発生した大干ばつ以降、アフガニスタン東部でのかんがい事業の支援を続け、19年現在、1万6500ヘクタールの農地が回復した。

 約30年の親交がある福元さんは「干ばつで難民が出て井戸を掘り始めた。飲料水だけでは生きていけないので、かんがい用水路を造った。理屈では分かるがなかなかこういう人はいない。事業は中村哲という人物でないとできなかった」と涙をこらえながら語った。

 江戸時代に造られた福岡県朝倉市の「山田堰(ぜき)」をモデルにした伝統的工法を現地で採用し、新たな雇用を生んだ。重機を操り作業の先頭に立つ中村さんに対し、住民は畏敬の念を持っていたという。

 移動には必ず警護車両を付けるなど気を配っていたが、それ以上に「30年以上活動し、現地の信頼が一番のセキュリティーだった」と福元さん。銃撃者に対しては「アフガンのことを考えると、自分で自分の首を絞めることになる」と声を落とした。

 現地で活動する日本人は中村さん一人。今後の会の活動は「厳しくなる」と指摘する。ただ、用水路整備が現地の治安回復につながっていることを挙げ、「従来のような形では難しいが、現地スタッフと相談し、事業を継続することに変わりはない」と語った。

 事務局によると、中村さんは11月中旬に一時帰国し、29日に再び現地へ向かったという。福元さんが中村さんと最後に話したのは、西日本新聞の12月2日付朝刊に掲載された中村さんの寄稿「アフガンの地で」についてのやりとりだった。「あの原稿が絶筆になった。姿勢の正しい文章をきちんと書く人だった」とやりきれない思いを口にした。 (金沢皓介、吉田真紀、阪口彩子)

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