アフガンに人生懸け 中村哲さん死亡 「なぜ先生が」 関係者ら悼む

西日本新聞 社会面

 中村哲医師の支援活動に心を寄せてきた人々の間には深い悲しみが広がった。

 中村さんがアフガニスタンで建設してきた取水堰(ぜき)は、福岡県朝倉市を流れる筑後川の「山田堰」がモデルとなった。親交のあった山田堰土地改良区前理事長の徳永哲也さん(72)は「なぜ先生が狙われなければならなかったのか。こんな形で命が絶たれるなんて、先生も悔しかったと思います」と言葉を絞り出した。

 徳永さんは今年4月、念願だったアフガンを訪問し、完成したかんがい施設などを視察。中村さんが帰国した11月中旬にはアフガンの将来について熱い思いを聞いたばかりだった。「先生のおかげで山田堰は一躍脚光を浴び、来訪や視察が増えた。朝倉活性化の大きな力になった」と悼んだ。

 福岡市中央区の「ペシャワール会」事務局には4日午後、訃報を聞いた関係者たちが駆けつけた。廊下や玄関では女性たちが肩を寄せ合い、すすり泣く人も。医師として交流のあった佐藤耕造さん(83)=同区=は「僕は私利私欲のない彼の姿を理想にしていた」と、途切れ途切れに話した。

 「まだやるべきことがたくさんある」と話していた中村さん。福岡高校時代の同級生、西川ともゑさんは「同級生の誇りで希望の星だった。どれだけ無念か、私も悔しい」と惜しみ、西南学院中学時代の同級生和佐野健吾さんも「体は小さいがすごい男だった。今は何も考えられない」と声を詰まらせた。中学時代には福岡市東区の教会に通い、牧師の藤井健児さん(88)と社会問題や文学について何時間も語り合ったという。藤井さんは「自分にとって弟のような存在だった。残念で仕方ない」と話した。

 長年交流のあった元アフガニスタン大使館公使参事官の宮原信孝さん(61)=福岡県久留米市=は「現地の人たちの手で用水路を築き、運営するスキルまで育てているという意味で、世界に誇れる功績を残した人だ」と悔やんだ。

 中村さんは、九州の次世代のビジネスリーダーを育成する「九州・アジア経営塾(KAIL)」でも2004年の創設以来、年に1回の講演を担当。文化の異なる現地の人たちをいかに束ねていくかなどについて話をしていたという。橋田紘一塾長は「ざっくばらんで飾り気のない真のリーダーだった」と悼んだ。

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