平野啓一郎 「本心」 連載第88回 第六章 嵐のあとさき

西日本新聞 文化面

 人は、まるで信じてはいない事柄を、決してこれほど克明には、想像できないだろうというほどに。

 端的に言って、僕は岸谷の無実の訴えに対して、疑念を抱き、しかもそれをどうしても振り払うことが出来ないのだった。
 
 前夜に、様子がおかしかったことは、合点がいった。しかし、彼の「中国に行こうかと思う」という決心の因果関係は、却(かえ)って混乱した。つまり、元々、考えていたことなのか、それとも、この一件で嫌気が差して思いついたことなのか。

 僕の心を締めつけたのは、彼が、赤ん坊以外、誰もいない裕福なマンションの一室で、宝石や時計の類いを発見し、その前でじっとしている姿だった。そして、その想像の中の彼は、僕に見つめられているとも知らずに、すっと手を伸ばして、その一摑(ひとつか)みを、よそ見をしながらポケットにねじ込んでしまうのだった。

 そうした邪推は、他でもなく僕自身を傷つけたが、しかし、もし彼が、それを売った金を元手にして、中国に行くつもりだというのなら、僕は、それに理解を示すだろう。

 彼は僕の友達だ。友情に課せられる試煉(しれん)というならば、その無罪を飽(あ)くまで信じるよりも、罪を知りつつ、受け容(い)れる方が、遙(はる)かに負担は大きいはずだった。

 感心できない話だったが、僕は彼の追い詰められた境遇に同情した。

 彼がもし、本当に何も盗んでおらず、濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せられて、中国行きを断念せざるを得なくなるとするならば、それこそ悲劇的だった。

 会社の担当者は、それ以上、喰(く)い下がることなく、電話を切った。

 僕は、すぐに岸谷に連絡を取ろうとしたが、急に身動きの自由を奪われてしまったかのように、時間の中で押し止められてしまった。僕の体は火照った。吃音(きつおん)の人が、発しようとする言葉の最初の一、二音に足を取られ、どうしても先に進めない時というのは、きっとあんな感じなのだろう。一旦(いったん)、テーブルに置いた携帯に、また手を伸ばそうとするものの、体が途中で引っかかって、次の動きに移れないのだった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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