埋もれた曲をたどる旅 神屋 由紀子

西日本新聞 オピニオン面 神屋 由紀子

 晩秋の日曜日、演奏会を聴くため東京都内の教会へ出掛けた。ドイツ語の礼拝が行われる珍しい教会が会場で「幻の作曲家」となっていたドイツ人音楽家の歌曲を集めたプログラムと聞いたからだ。

 ドイツ在住のピアノ奏者、クリスト加藤尚子さん(43)が伴奏し、ソプラノ歌手アナ・ガンさん(46)が伸びやかな歌声を礼拝堂に響かせる。

 「最初に彼のことを知った時は、つらく悲しい音楽だろうと勝手に想像していた。でも、楽譜を見て色とりどりの宝石のような個性的な響きに驚いた」。曲の合間に、クリスト加藤さんが作曲家との出会いをそう振り返った。

 作曲家はフリードリヒ・ゲルンスハイム(1839~1916)。ユダヤ系ドイツ人で、ブラームスやリストらと親交を深め、ドイツやオランダで活躍した。

 だが第2次大戦中のホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)で知られるナチスの圧政により、ユダヤ系だった彼の作品は演奏を禁じられ、楽譜も廃棄された。そのため長年、世間から忘れられていたのだ。

 再び注目されたのはここ十数年という。クリスト加藤さんが知ったのも、ガンさんから共演を誘われたからだ。

 「こんなに美しい音楽までこの世から消そうとしていたなんて、衝撃だった」

 2人は3年前、デュオを結成。彼のようなユダヤ系作曲家の作品がないか国内外の図書館などに照会し、楽譜を見つけては演奏を重ねる。発掘された曲を聴く限り、詩情豊かなドイツ歌曲である。

 甘美な曲を聴きながら福岡市在住のピアノ奏者イグナツ・リシェツキさん(38)を思い出した。故国ポーランドの作曲家ロマン・パレステル(1907~89)の曲を探し求め、演奏会で取り上げている。

 リシェツキさんによると、パレステルは「次代のショパン」と評されながら東西冷戦下、旧西ドイツに亡命したため、ポーランドではゲルンスハイムと似たような扱いを受けた。それでも冷戦が終わると、ひそかに出版社で保管されていた楽譜が日の目を見て、再評価につながった。

 時の権力によって葬られた作品の蘇演(そえん)は、政治と無関係な曲まで抹殺しようとした理不尽さを考えさせる。今年、日本で美術展や映画祭を巡り表現の自由を問う出来事が相次いだ。自分の意に沿わないものを排除しようとする風潮はかつての空気と全く無縁とは言えないだろう。

 一方で歴史に埋もれた作品を発掘し、後世に残そうとする人々がいる。作品の魅力、そして、人々の志が曲の沈黙を許さないのだ。(論説委員)

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