名将認めた、社会へつなぐサッカーの力 心の病と闘う「ソーシャル」

西日本新聞

 サッカーをプレーすることは「社会で生きる」ことそのものだ-。

 1年前に観戦し、そんな思いを強くした「ソーシャルフットボール」の大会、第12回九州・四国スカンビオカップが12月8日、福岡市の福岡大で開かれる。

 精神科に通院、もしくは精神障害者手帳を持っている人がプレーする競技。視覚障害者のブラインドサッカーなどと並び、国内で普及している七つの障害者サッカーの一つだ。

 昨年のスカンビオ杯が私の「ソーシャル」初観戦だった。九州や愛媛県から集まった12チーム、120選手。中でも、国際大会を経験した日本代表のプレーは圧巻だった。シュートやパスの精度、ドリブルやキックのスピード、激しい攻守の切り替えは観客や学生ボランティアを沸かせた。

 おのおののレベルで勝ち負けやチームプレーを楽しみ、一喜一憂するピッチ上の姿からは「障害」を感じられなかった。症状や状態にもよるが、見た目だけでは分かりにくくて、誰しもがかかりうる「心の病」。プレーを楽しむ姿を通じて精神疾患についてのマイナスイメージを拭い去り、病気について広く知ってもらうことも大会の目的だ。

 ソーシャルは2007年、大阪で誕生した。イタリアで精神障害者がサッカーをやっていることを聞いた精神科医が大阪でフットサルの大会を開いたことがきっかけだった。

 大会について知った福岡大医学部精神医学教室のメンタルヘルス運動指導士、横山浩之さん(50)=現九州ソーシャルフットボール協会副会長=が九州に競技を持ち込んだ。通院患者のデイケアの中でフットサルを取り入れ、2008年からスカンビオ杯を始めた。今では日本各地で大会が開かれているが、九州では早くからプレーされていたことになる。

◆社会復帰やリハビリも目的

 医療関係者が中心になって始まったソーシャルは、社会復帰やリハビリが目的に入っている。他の障害者サッカーと大きく異なる点でもある。横山さんによると医療機関がつくったチームが多いが、地域で結成されたクラブチームも増えているという。

 競技のルールはフットサルとほぼ同じだが、女性が混じった場合はフィールドプレーヤーを1人増やして5人にできるのが大きな特徴だ。人数の優位を生む女性選手の存在が勝敗を分けることもある。

 選手の病気は統合失調症やうつ病が多く、注意欠陥多動性障害(ADHD)など発達障害の人もいる。病気のため体力がない選手がおり、試合時間は通常のフットサルより短めに設定している。スカンビオ杯では1試合で前後半7分ずつとはいえ、フットサルはほぼ動き続けることが求められるハードなスポーツ。症状が落ち着いていなければプレーできないからこそ、大会という目標をつくることで、選手が治療や服薬に前向きになる効果もあるという。

◆人生と切り離せないスポーツ

 統合失調症の治療のため福岡大学病院デイケアに通う男性選手(45)は10年ほど前からプレーを始めた。ゴールを決めた爽快感や協力して勝利を目指す点に魅力を感じ、チームではキャプテンの経験もある。

 「フットサルを通して友達も増え、自然とコミュニケーションを学べたのが大きい。キャプテンになって声掛けや意思疎通の大事さを実感できた。人と話すときの緊張の度合いや、外出への抵抗が小さくなった。就職への意欲も持てた。人生と切り離せないスポーツです」

 うつ病などを経験した20代の男性選手の母親は「息子は病気を隠したがり、家族以外の人と接することを拒否していた。症状がひどいときは体を動かせなかった。ソーシャルを始めてからは人と関わることが少しずつできるようになり、自信をつけた」と語る。この選手は大会参加のため各地に出かけるようになり「自動車運転免許を取りたい」と意思表示するほど、積極的になったという。

 大会を開けば、遠方のチームは交通機関での移動や集団での食事、宿泊を経験することになる。10代のころに発症し通学や就職ができず、集団行動を経験したことのない選手にとっては貴重な社会体験になっている。

勝利を目指してプレーする選手たち

 そんな話を聞いた上でソーシャルを観戦すると、競技が「社会で生きること」そのものに見えてきた。

 練習も試合でも人に指示したり指示されたり、コミュニケーションが不可欠。味方や敵の位置は常に変化するので、人の動きを把握しつつ、自分の位置取りをしなければならない。個人技も集団での戦法も必要。攻撃でも守備でもお互いをカバーしあうのが当たり前。

 一方で、練習でどれだけ頑張ってもピッチに立てないこともある。試合中、敵や味方と感情的になる場面もある。いつけがをするかも分からない。チームと個人で目標が違うこともある。だからこそ、味方がつないでくれたボールは重い。

◆福岡大の乾監督も「目からうろこ」
 「サッカーをすれば、人との交わりが生まれる。人と関わりたいという欲求を呼び起こすのがサッカー。病気や障害のために社会から離れてしまった人たちを、また社会に引き戻す力がサッカーにはある」

 福岡大サッカー部の乾真寛監督の言葉には実感がこもっていた。「入院や通院で病気に苦しみ、今までサッカーに関わりがなかった人がこれだけのめりこんで夢中になっている。サッカーをずっとやっているわれわれにとっても、目からうろこなんです」。部員ぐるみで全面的に大会を支えている。

 昨年の大会では、ある選手の献身的なプレーが目に留まった。相手ボールになれば一番先に守備に戻り、味方がボールを持てば攻め上がってフォローする。長崎県のチームの男性選手だ。ソーシャルの日本代表に選ばれた国内トップクラスの実力の持ち主。なぜプレーするのだろう。

 「やっぱり社会復帰したいから。選手同士だとお互いのつらさも分かるし、チームは居場所にもなっている。病気のせいで気持ちが落ち込み、考えがまとまらなくなることもあったけど、プレーすることで改善がある」

 「僕は対人関係に恐怖も感じていて、例えばバスで移動するのにも緊張する。チームや代表の仲間と打ち解けるのも時間がかかった。楽しいことばかりじゃないし、知らない人とコミュニケーションを取るのは大変だけど、フットサルを通して努力を形にすること、プレッシャーへの対応を学んでいる。毎日が闘いです」

◆デイケアと就職をつなぐ存在に

 精神疾患で社会からいったん離れた人たちにとって、就職は大きな壁だ。「病院のデイケアという守られた空間で活動することと、仕事に就くことでは負荷に大きな差がある。いったん就職しても、デイケアに戻ってきてしまう人もいる。自立できる、継続できる力をつけてもらうために、ソーシャルはデイケアと就職との間をつなぐような存在になりうると思うんです」。福岡大のメンタルヘルス運動指導士、横山さんは力説した。

 ソーシャルの選手の中には、競技やチームに慣れると、より高いレベルを求めて健常者のチームに入る人もいる。「プロを目指す」と宣言した選手もいる。ソーシャルの競技の枠内で自立心を身に付けていくことも、競技に物足りなさを感じて枠を飛び出してプレーすることも、社会復帰への確かな一歩になるはずだ。(三重野諭)

 ★8日のスカンビオ杯情報 視覚障害者がプレーする「ブラインドサッカー」、聴覚障害者の「デフサッカー」、腕や脚を切断した人による「アンプティサッカー」の選手もそれぞれ来場。ソーシャルとデフの交流戦や、一般観覧者も参加できるブラインドサッカー体験会もある。乾監督は「七つの障害者サッカー全てが同じ日に開催されるような大会を開くのが目標」と先を見据えている。
大会の詳細=https://www.fukuoka-u.ac.jp/press/19/12/02094850.html

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