火山と匠が生んだ石橋 佐藤 倫之

西日本新聞 オピニオン面 佐藤 倫之

 巨大噴火と膨大なマグマ噴出による大陥没で形成されたカルデラは、スペイン語で「鍋」を意味する。阿蘇カルデラ(熊本県)の「鍋」の外側には緩やかな坂が広がり、9万年前の大火砕流を物語る。南外輪山を滑るように下った美里町(同県)に目当ての「霊台橋(れいだいきょう)」はあった。

 険しい峡谷に架かるアーチ石橋。堅固な石組みと曲線美はもちろんだが、目を見張るのはその大きさだ。アーチ径間約28メートル、下を流れる緑川からの高さ約14メートル。時は幕末、1847年に建造され、3年前の熊本地震でも揺るがなかったという。

 向かったのは、支局に届いた一冊の著書がきっかけ。世界に誇れる阿蘇カルデラの普遍的価値とは? そんなテーマでこの欄に書いたら、手紙とともに送られてきた。

 タイトルは「霊台橋 最高の美しさに秘められた幕末の黄金比」。著者の一村一博(かずひろ)さんは、熊本市を拠点に観光業を営み、九州各地の石橋研究を長年重ねてきた人だった。「これもまた阿蘇関連遺産の一つ」という。

 峡谷は江戸時代、村人の往来を阻む難所で、木橋は大水で幾度も流された。そこで村人たちが挑んだのが、当時日本最大のアーチ石橋プロジェクト。30歳の若者が石工の棟梁(とうりょう)を任されたという。

 悲願の架け橋に向け、石材に使われたのが、阿蘇の大火砕流がもたらした溶結凝灰岩。強度と加工しやすい利点を併せ持つ。その美観は、最も安定し美しいとされる「黄金比」とも合致し「アーチ石橋のまるでお手本」と一村さんは話す。

 日本最古の石造アーチ橋は1634年に造築された眼鏡橋(長崎市)とされる。長崎などから伝わった異国の石橋文化は、やがて九州各地で花開くが、その大半で阿蘇火山の恵みである溶結凝灰岩が生かされ、組み上げられた。放水で知られる通潤橋(熊本県山都町)も、霊台橋落成から7年後、同じ系譜の匠(たくみ)たちによって造築されたという。

 阿蘇カルデラの文化的景観を考える時、「鍋」の内側に目を向けがちだが、実はその外側にも阿蘇つながりのもう一つの風景や物語が広がっていた。 (阿蘇支局長)

PR

社説・コラム アクセスランキング

PR

注目のテーマ