【中村哲がつくる平和 戦乱のアフガンから】①「銃は何も生まない」 用水路で60万人潤す

西日本新聞 一面 中原 興平

 岩と砂だらけの茶褐色の大地の一角に、「緑」が浮かび上がっていた。用水路に沿って延びる柳の並木、種がまかれたばかりの小麦畑を囲む防砂林が、岩山から見える。れんが造りの家々と、興味深げにこちらを見つめる村人たち。小さな子が水辺で遊んでいた。

 2014年12月2日、アフガニスタン東部のナンガルハル州。一帯はかつてガンベリ砂漠の一部だった。「砂漠が生まれ変わったんだ。俺たちも信じられないよ」。アフガン有数の大河・クナール川から、この地に27キロに及ぶ用水路を引く工事に参加したアフガン人が、誇らしげに笑った。

 事業は、現地住民らでつくる非政府組織「PMS」(平和医療団)が行った。率いるのは福岡市出身の中村哲医師(68)。同市の「ペシャワール会」が日本全国から集めた約16億円の浄財が資金を支えた。用水路が潤す農場では冬場の今、大根やレタスなどが育ち、乳牛も飼われている。

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 乾燥した気候のアフガンは、かつて実りの多い農業国だった。だが長引く戦乱に加え、2000年に歴史的な大干ばつが発生。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると100万人以上が飢餓に直面し、難民となった。

 追い打ちをかけたのが、「テロとの戦い」。01年10月に始まった米軍などによる空爆だ。当時、アフガン国内で活動していた中村医師はその時の心境を著書にこう記している。

 「『自由と民主主義』は今、テロ報復で大規模な殺戮(さつりく)を展開しようとしている。(中略)瀕死(ひんし)の小国に世界中の超大国が束になり、果たして何を守ろうとするのか、素朴な疑問である」

 中村医師が働くPMSの診療所には、栄養失調や不衛生な水のため赤痢などに感染した幼子や高齢者が殺到。次々と命を落とした。「病気の大本を絶たなければだめだ」。白衣を脱ぎ、清潔な水と農業用水をもたらすため、用水路の建設を決意した。

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 03年の着工から、PMSが新設した用水路や給排水路の総延長は100キロを超える。福岡市の約4割に当たる1万5千ヘクタールを潤し、枯れた農地や砂漠がよみがえった。国外などに逃れていた難民を含め約60万人が故郷に戻ったり、新たな耕作地を得たりしたという。

 用水路の建設現場では、多い時で約700人の元農民や元難民、元兵士らが日当をもらって汗を流してきた。ガンベリ砂漠の農場で落花生を収穫していたアジム・グルさん(68)は「私もかつては兵士だったが今は農業ができる。この地で生きていける」と顔をほころばせた。

 この日、荒れ地に用水路を引いた功績を評価して、国際水田・水環境工学会から贈られた「国際賞」の受賞を祝う式典が開かれた。農場近くの公園で、中村医師は「働いたみなさんに与えられた賞。これからもアフガンが緑になるように頑張りましょう」と呼びかけた。そして、戦乱の地で住民と肩を並べて困難と向き合ってから十数年間、抱き続けてきた思いを、付け加えた。「銃は何も生み出しません」。PMSスタッフや州政府幹部ら約60人から大きな拍手が湧いた。

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 世界各地で「テロとの戦い」が新たなテロを生んでいる。負の連鎖を断ち切り、平和を取り戻すために何が必要なのか-。2014年11月下旬から約2週間、アフガンに入り、中村医師の実践を通して考えた。(中原興平)

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