【中村哲がつくる平和 戦乱のアフガンから】②掲げられない日の丸 「自ら信頼を崩すのか」

西日本新聞 社会面 中原 興平

 アフガニスタンに入って3日目。2014年11月26日の朝。東部ナンガルハル州の州都ジャララバードから、郊外にある用水路の工事現場に向かう中村哲医師(68)に同行した。

 乗り込んだのは、荷台付きの四輪駆動車。車2台で移動する。荷台にはライフルを持つ護衛2人が座っている。沿道に民族服を着た人や車が行き交い、活気がある。私たちの車が渋滞で止まると、談笑していた護衛の表情が変わった。

 荷台から飛び降りて前方に走り、交通整理をしてスペースを確保した。停車中に襲われると避けようがないため、わずかな時間も車を止めない配慮なのだ。

 しばらく行くと、今度は隣に大型トラックが止まった。米軍の車両だ。中村医師が「一番嫌なのは、こういうとき。米軍は狙われるから」とつぶやいた。

 2001年9月の米中枢同時テロ後、米国が「テロとの戦い」をこの地で始めて13年。治安は最悪だ。中村医師は、干ばつによる食糧不足と市民が犠牲になる米軍の誤爆への怒りが一因と考える。私の滞在中も、首都カブールで英国大使館関係者を含む5人が自爆テロで死亡。直前には、東部の州のバレーボール会場で57人がテロで亡くなった。

 反政府武装勢力タリバンと戦闘を続けてきた、米国主体の国際治安支援部隊は14年末で任務を終える。中村医師は「彼らが残したのは破壊と憎しみ、貧富の差だけです」と話す。

   ■    ■

 一方で、アフガン人の対日感情は良好だ。インフラ整備などの多額の支援が感謝されているのだが、それだけではない。大きな理由は、日本が「軍隊」を送らずに支援していることだという。中村医師と共に働くアフガン人は「日本は銃でなくシャベルを持って助けに来てくれた。特別な国だ」と評価する。

 その信頼の礎は、揺らぎつつある。米中枢同時テロ後、首謀者をかくまっているとしてアフガン攻撃を開始する米国は「われわれの側につくか、テロリストを支援するか」と世界に二者択一を迫った。

 中村医師は当時、テロ対策特措法案を議論する衆院の特別委員会に参考人として出席。「空爆はテロと同レベルの報復行為。自衛隊派遣は有害無益」と主張した。議員側からやじや冷笑を浴び、発言の取り消しを求められた。

 同法成立を受け、日本は戦時下に初めて自衛隊を海外派遣。米英艦艇への燃料補給を行った。「英国の悪知恵、米国の武力、日本の金で、戦争をしている」。当時アフガン国内ではそうした声が広がったという。04年には自衛隊はイラクへ。米国への協力が話題になるたびに、中村医師は車に描いていた日の丸を消した。今も日の丸はない。

 「積極的平和主義」に基づいて広がる自衛隊の海外任務、対米協力の拡大に道を開く集団的自衛権の行使容認…。憲法9条の下、専守防衛に徹してきた平和国家は大きく変貌しようとしている。

 「日本人であることで何度も助けられた。それが、この地で暮らす私たちの安全保障でした。これまで築き上げてきた信頼を、自ら崩そうとしているように思えてなりません」。中村医師には、戦後70年の母国がそう映る。(中原興平)

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