【中村哲がつくる平和 戦乱のアフガンから】⑤宗教 理解が負の連鎖止める

西日本新聞 社会面 中原 興平

 日本に遅れること4時間半。西に6千数百キロ離れたアフガニスタンも新年を迎えた。元旦を特別に祝う習慣はない。普段と同じようにイスラムの祈りで一日が始まり、祖国と家族の平穏を願うのだという。

 私が滞在中の2014年11月末、アフガン東部のナンガルハル州。用水路の建設現場では、昼食を終えた現地の非政府組織「PMS」(平和医療団)の作業員たちが礼拝を始めた。聖地メッカに向かってひざまずき祈りをささげる。

 イスラム教では1日に5回礼拝、年に1カ月は日の出から日没まで断食する。国民の99%がイスラム教徒のアフガンでは「教えは生活に深く根ざし、皮膚のようなものです」と、PMSを率いる中村哲医師(68)は表現する。

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 工事現場から車で約20分のモスク(イスラム教礼拝所)を訪ねた。近くにPMSが建設した用水路が流れる。祈りの場であり、住民や部族間のいさかいを長老たちが調整する場でもある。隣にあるマドラサ(イスラム神学校)と合わせ、地域の精神的な支柱だ。

 モスクとマドラサは、PMSが2010年、福岡市のペシャワール会などから資金支援を受けて建てた。もともとは住民たちが建設を計画していたが、頓挫していたからだ。

 理由は、01年から米国などが「テロとの戦い」として始めた空爆だ。マドラサは過激思想を吹き込む「テロの拠点」とする批判が、西側社会から出ていた。住民は「空爆の対象にされる」と恐れたのだ。

 モスクの建設が始まったときの住民たちの喜びは、見たこともないほどだったという。PMSのジア・ウル・ラフマン医師(54)は「PMSの日本人スタッフは私たちの宗教や文化を尊重してくれる。だから彼らを命がけで守り、協力するのです」と力説する。現地住民の心のよりどころを重んじる姿勢こそが、信頼関係の基盤なのだ。

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 2014年12月にパキスタン・ペシャワルの学校で生徒ら140人超が死亡する事件を起こした「パキスタンのタリバン運動」、勢力を拡大するイスラム国…。「イスラム」には過激で危険なイメージがつきまとう。

 福岡市在住のパキスタン人で輸入業のフマユン・ムガールさん(53)は30年前に来日後、偏見に苦しんだ。数年前の同市内でのモスク建設の際は、住民の反対に直面。説明会を何度も開き、理解を求めたという。今も両国の相互理解を深める活動を続ける。

 ムガールさんは母国の学校襲撃事件で知人の子を亡くした。「つらくて眠れなかった。イスラム教は決してテロを容認していない。過激派はほんの一部。日本だって同じでしょう」と悲しそうな目をした。

 異文化への偏見と不寛容が対立を深め、罪なき市民が犠牲になる報復が、報復を生む負の連鎖。イスラム教に詳しい同志社大大学院の内藤正典教授(58)は「世界は分かり合おうとする努力が必要。戦後、他国に侵攻したことのない日本は、多くの国から信頼されており、橋渡しの役目を担える貴重な立場にある」と語った。(中原興平)

【メモ】
 アフガンのイスラム教徒の84%がスンニ派。タリバンは1994年にイスラム神学生の武装集団として結成され、98年にほぼ全土を支配。女性の就業禁止や残酷な刑罰など極端なイスラム法で統治した。政権は米軍などの攻撃で崩壊したが、勢力を盛り返している。

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