【中村哲がつくる平和 戦乱のアフガンから】⑦私たちにできることは 戦争以上の忍耐が必要

西日本新聞 社会面 中原 興平

 「毎日体を洗うことは、良いことです」「服を洗うことも良いことです」。2014年12月2日、アフガニスタン東部ナンガルハル州。地域住民たちが運営するマドラサ(イスラム神学校)で、約40人の小学1年生が熱心に授業を受けていた。

 その建物は2011年、現地の非政府組織「PMS」(平和医療団)が建てた。資金は、現地で亡くなったPMSの日本人スタッフ伊藤和也さん=当時(31)=の遺志を継ぎ遺族が設立した基金が充てられた。

 PMSのアフガン人スタッフは「マドラサに子どもを通わせたがる親は多い。誰もが喜んでいます」と白い歯を見せた。

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 アフガン取材から帰国後の14年12月半ば、静岡県に住む伊藤さんの両親を訪ねた。「うれしいですね。本当に良かった。本当に」。母の順子さん(62)は、マドラサで学ぶ子たちの写真を身じろぎもせずに見入った後、そう言ってほほ笑んだ。

 伊藤さんは03年から現地で農業支援などに尽力。08年8月、武装グループに拉致され、凶弾に倒れた。当時、PMSのアフガン人スタッフは「彼は最悪の状況から全アフガン人を救おうと努力していた」と深く悲しんだ。

 初渡航は27歳の時。「アフガンに行ってくるよ。どんな国か、何をするか知りたければ、これを読んで」とPMSを率いる中村哲医師(68)の著書を渡されたという。不安も募ったが、強い意志を尊重して送り出した。

 届いた突然の訃報。表現できないほどの悲しみ。事件は全国的な注目を集め、世間の英雄視と等身大の息子のギャップに戸惑った。「何かあったらアフガンにこの身を埋めてくれ」と生前に話していた伊藤さん。両親はその思いを継ごうと基金を設立。集まった約3千万円の一部は、マドラサ整備に充てられた。

 「和也があれほど好きだったアフガンにいつか行き、空気を感じたい。基金で今度は女の子のための学校を整備してほしい」。父の正之さん(67)の言葉に、アフガン復興を願った伊藤さんの思いが重なった。

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 伊藤さんだけではない。医療活動、人々の渇きを癒やした井戸掘り事業、砂漠や荒野を農地に変えた「緑の大地計画」…。約30年にわたる中村さんの活動を現地で支えた日本人スタッフは、約50人に上る。

 資金面では、ペシャワール会(福岡市)に全国から寄せられた寄付金と約1万3千人の会費が、それを可能にした。現地における若者たちの力と、日本から贈られた小さな善意の集まりとが、苦境に立つ現地住民たちを助け、日本の評価につながっていた。

 戦後70年、平和国家・日本は岐路に立つ。「積極的平和主義」の下、国際社会で軍事的貢献を拡大することは正しい道なのか、そうではないのかー。

 「平和には戦争以上の力がある。そして、平和には戦争以上の忍耐と努力が必要なんです」。戦乱の地で確かな足跡を残した中村医師の言葉と実践は、日本が歩むべき道を考える貴重な「道しるべ」のように思う。(中原興平)
 =おわり

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