【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】「緑の大地計画」飛躍 (2ページ目)

農村衰退なお 危機の足音

 おかげで今年は悠々と大量送水できた。流域の至る所が豊作で水争いは一件もなかった。PMS(平和医療団)の努力の結実である。わが農場でもPMS職員の食料自給を目指し、広大な地域で小麦を作付けした。5月中旬、総動員で行った麦刈りは35ヘクタール、約100トンを収穫。職員と家族約千名を養うに十分な量を得た。

 PMSが手掛けた取水システムは灌漑面積1万数千ヘクタールで、60万農民に豊作を約束する。これを本格的な農村復興モデルとすべく、さらに努力を重ねている。

 だが、全体の現状を思うと事業の成功を手放しでは喜べない。干ばつは収まる気配がなく、実際、ジャララバード南部最大の穀倉地帯が丸ごと消えた。国中に供給していた柑橘(かんきつ)類が今年壊滅し、小麦とともに輸入に頼るようになった。耕せず、大都市へ職を求めて流れる農民が絶えない。かろうじて食いつなげたのは援助と、戦争とともに流れ込んだ外貨のおこぼれで隣国から輸入できたからだ。

 人々は撤退する外国軍を尻目に、ようやく取水技術の重要性に気づき始めた。かつて完全自給を誇った農業生産は激減し続け、食料の高騰におびえている。この現実は大きくは伝えられなかった。耳にするのは相変わらず戦局や政局が中心で、国民の死命を制する農地の砂漠化対策は問題にならなかった。

 これは大地から離れた文明社会の病理である。アフガンは元来、「カネがなくとも生活できる」社会だった。その基礎は国民の大部分を占める農民層の自給自足にあった。それが気候変動による渇水と洪水で致命的な影響を受けた上、諸外国も真剣な取組みを怠ってきた。食料を「商品」とみなす欧米諸国は「流通するカネを増やせば何とかなる」と錯覚。実生産が重視されなかった。むなしく舞う札束が、貧富の差を絶望的に拡大した。

 アフガン空爆から十余年。「民主化」が成り、ISAF(国際治安支援部隊)が任務を終えたと宣言して続々と撤退している。要するに敗北だ。軍事介入が何をもたらしたか、その結末を伝える報道は少ない。

 治安は過去最悪で、首都を離れると無政府状態だ。ISAFに加わった欧米諸国に対する敵意が増し、基幹産業の農業が壊滅寸前だ。撤退に伴い外貨の流入がなくなれば、国民の半分が飢餓に瀕(ひん)する。アフガンは戦争ではなく、気候変動で滅びるに違いない。

 人ごとではない。辺境から垣間見る「文明世界」もまた、大きな転機に立っている。われわれはどこに流されているのか。次の世代に残すべきものは何か。今こそ知恵を尽くして真剣に問うべきだ。それが戦争や経済成長でないことは確かである。

 過去30年の現地活動が、日本にとっても、ささやかな希望となることを祈る。

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 「アフガンの地で」は、アフガニスタンやパキスタンで復興支援活動を続ける非政府組織「ペシャワール会」(事務局・福岡市)の現地代表でPMS総院長の中村哲医師(67)によるリポートです。

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