大邱(韓国) おしゃれ都市は文化のゆりかご 

西日本新聞 夕刊 諏訪部 真

 「『文学』をキーワードに、韓国・大邱(テグ)を旅しませんか」。そんなツアーの誘いをもらった。韓国の文学には詳しくないし、ハングルも読めないし…。腰が引けた状態で参加したが、現地で待っていたのは文学だけでなく、活字や音楽など幅広い文化との出合いだった。

 ツアーは国内で韓国の書籍出版などを手掛ける「クオン」(東京)が主催。同じテーマでの旅行企画は4回目だという。今回は韓国文学に興味がある人を中心に30人ほどが参加した。

 中心部の東城路(トンソンノ)は、おしゃれなブランドショップやカフェが軒を連ねる。昼も夜も多くの人が行き交うショッピングストリートからほど近い文化施設「香村(ヒャンチョン)文化館」で、大邱と文学が結びつく理由が分かった。

 館内には、1950年代の大邱の街並みが再現されている。喫茶店や食べ物を売る露店、居酒屋-。「朝鮮戦争の際、多くの作家や詩人がソウルから避難してきたのです」。大邱大の梁鎭午(ヤンジノ)教授(韓国近代文学)が説明する。1950年に始まった戦争で、韓国側は一時、東南部の大邱付近まで後退した。詩人の具常(グサン)や、国民的画家とされる李仲燮(イジュンソプ)。彼らが戦火を逃れたのが大邱だったのだ。

 街のあちこちで芸術談議が交わされただろう。「多くは休戦後にソウルに帰ったが、大邱に残した影響は計り知れない」と梁教授。戦時下の大邱は文化の中心地だった。人々は今も、それを誇りにしている。

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 歴史を学んだ後、大邱の「今」に触れるべく街を歩いた。数カ所で目にしたのは、少年や母子の像。大邱で育った韓国文学の大家、金源一(キムウォニル)の代表作「深い中庭のある家」の登場人物を表す。少年を主人公に戦後の混乱期を描く長編はベストセラーとなり、邦訳も出ている。金を紹介する文学館は今年オープン。地元の巨匠を、街を挙げて応援していると感じた。

 文学と関連し、活字文化とも縁が深い。新鮮だったのは書店を巡る動きだ。「チェクバンアイ」は2017年夏に開店した協同組合運営の書店。複数人が出資する組合が過剰な利益追求を行わない代わりに、政府の資金援助を受けられる制度を利用したという。この形式の書店としては韓国第1号だそうだ。

 出版不況は日本と同じようで、「良いものを分かち合いたい。でも、本の売り上げだけでは成り立たない」と代表者の女性。事情を聞くと購買意欲が湧く。ハングルを読めないので、伝統家屋を写真付きで図解した本を購入した。

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 文化を生かした再開発で地域活性化につなげた成功例が、大邱出身の人気シンガー・ソングライターの名を冠した「金光石(キムグァンソク)通り」だ。約350メートルの細長い通りに、カフェや土産物、レコード店がずらり。訪れた日曜日の午後はカップルや家族連れで混雑していた。

 1980年代にフォーク歌手として活躍した金光石は96年、31歳で死去した。早すぎる死だったこともあり、韓国では伝説的な存在になっているそうだ。通りのあちこちに、金の像やギターを模したオブジェが並ぶ。金の曲も流れる。路上にはギターを弾き語りする人がいて、野外ステージではライブの真っ最中だった。

 通りは、寂れきっていた市場を活性化させようと、2010年に整備された。狙い通り、今や若者が集う人気スポットだ。戦争中に多くの文化人を迎え入れた大邱の遺伝子が、こんな所にも息づいているように感じた。 (諏訪部真)

 ●メモ

 大邱は人口約250万人の韓国第4の都市。7区1郡で広域市を形成する。盆地のため夏の最高気温は40度に達することもある。大学が集まり若者が多いのも特徴。チムカルビ(甘辛い味をつけた蒸しカルビ)など10種類の名物グルメ「大邱10味」が有名。クオンは来年秋ごろにも、文学をテーマとした韓国ツアーを開催予定。情報は同社ホームページ=http://www.cuon.jp/=で。

 ●寄り道=教育熱伝える世界遺産

 大邱郊外の達城(タルソン)郡にある「道東書院(ドドンソウォン)」は、朝鮮王朝時代に各地に設けられた私立学校の一つ。1607年に「賜額(しがく)」(王による公認)を受けた。「朝鮮五賢」の1人に数えられる儒学者金宏弼(キム・グェンビル)を祭るとともに、青年に儒学を教授した。講義があった板張りの「中正堂」は、大人の身長ほどもある石の基壇の上に立ち、教育機関としての威厳を備える。建設当時のままで、大邱市内で最古の木造建築だという。2019年、他の地域の書院とともに国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産となった。

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