砂漠を実りの大地に…アフガンから命問う ペシャワール会現地活動30年<上>

西日本新聞

 アフガニスタンで人道支援を続ける非政府組織「ペシャワール会」の現地代表で、PMS(平和医療団)総院長の中村哲医師(67)が、現地活動を始めて30年がたった。パキスタン・ペシャワルでのハンセン病患者の医療支援を皮切りに、井戸掘り、空爆下での食糧配給、農地再生に向けた用水路建設などの活動を展開。戦乱の地で、人と自然に向き合い続ける中村医師の歩みを振り返った。

 ■中村哲 現地代表に聞く

●九州との地域間協力 日本今も「成長教」 「平和国家」尊敬集める 復興モデル普及へ

 ▼活動の原動力になってきたものは何ですか?

 大和魂でしょうか。「義を見てせざるは勇無きなり」(論語)。始めたら逃げるに逃げられなくなった。
 昔は論語とか持ち出さずとも、心意気と言えば理解されました。困っている人がいれば見捨てられない、とみんな思っていたし、良いことだ、かっこいい、と信じていた。

 今の人は動機をあまり問わないし、説明してもなかなか分かってもらえない。日本人の気持ちが変わってきたんじゃないでしょうか。

 ▼「誰も行かない所でこそわれわれは必要とされる」が原点ですね。

 私は九州しか知らない。(出身地の)福岡県も詳細に知らないので、世界で、とはいきません。ペシャワール会の活動は国際協力というよりは九州-アフガニスタン東部という地域間協力と呼ぶ方がふさわしい。

 国際非政府組織(NGO)とは対極にあって、アフガン東部という地域でじっと活動してきたのがよかった。国際NGOのようにソマリアカンボジアと支所を持って転々としていたら、欧米を中心とした世界標準とかに振り回され、現地のニーズに合った事業を展開できなかったでしょう。

 ▼アフガニスタンから見えてきたものは?

 アフガンでは人類が経験したことのない気候変動が進行しています。かつて100%だった食料自給率は、長い戦乱に加え、2000年から顕在化した大干ばつによって半分程度にまで落ち込んだ。農民が人口の9割を占めているので死活を分ける問題です。

 食料自給をどうするのか。自然からの収奪行為は限界に達しています。戦どころではないですよ。

 日本は依然、欧米崇拝、脱亜入欧で、その弊害が大きい。経済成長、消費拡大、投資の余地は既になくなったのに、今も「成長教」にとりつかれている。

 原発が危ない、と言いながら、みんな快適な生活を手放さず、消費欲望を膨らませている。満腹なのに食欲増進剤を注射しているようなものです。

 せめて消費を減らし、成長ではなく現状維持のために立ち止まるべきです。

 世の中に大事なモノはそんなにありませんよ。貧乏でも不幸ではない、と気づくべきです。

 必要なもの不必要なものは何か、制御できるもの制御できないものは何か、そろそろみんな冷静に見極めたらどうでしょうか。

 ▼安全はどのように確保してきましたか?

 かつて診療所を造るときライフル銃で武装集団に襲われたことがあります。備え付けの機関銃がありましたが、私たちは決して撃ち返しませんでした。殺したら殺される、報復の連鎖が始まると知っているからです。

 これまで非暴力に徹し、敵をつくらないようにしてきました。政府、反政府、タリバンと立場に関係なくお付き合いできてきました。

 憲法9条も私たちの活動を守ってきたと言えます。アフガン人はヒロシマ、ナガサキのことを知っており、戦後復興を遂げた後、「平和国家」「海外に戦力を送らない国」として歩んできたイメージによって日本を尊敬しています。

 米同時多発テロの後、日本はアフガンを空爆した米国の同盟国としてインド洋で給油活動をしました。これもアフガンでは知られていますが、制服を着た自衛隊がどかどかと現地に入ってきたわけではない。そうでなかったなら私たちはどうなっていたか。

 今回のアフガン戦争には欧米の二十数カ国が参加しました。ようやく米軍も撤退するというが、敗北です。現地に混乱と外国に対する敵意を残して去るのです。その中で日本に対する感情はまだ特別です。現在事務所を置いているジャララバードに在住する外国人が私1人ということがそれを証明しています。

 ▼過酷な活動に耐えられてきた。健康法は?

 汗して働くこと。河川の仕事を始めてから1日に2万歩、3万歩を歩くので健康になりました。そして早寝早起き。電気を大切にするので、お日さまとともに起きて寝ます。

 食事は「腹八分」。現地の庶民が食べるものを食べていれば大丈夫。豆類、野菜、果物が中心で、肉は週に1回食べられればいい方。肉は鶏が最も高価で、次が羊、牛は安い。

 用水路ができてからはマス、ウグイなどの魚も食べます。仕事で大量に汗をかくので塩も必須。現代日本の減塩とかとんでもない。

 ▼これからの取り組みは?

 2003年から進めている「緑の大地計画」は現在、アフガン東部の穀倉地帯の一角、1万6500ヘクタールで暮らす65万人の農民たちの生活空間を確保し、ひとつの復興モデルを完成しつつあります。

 この総合的な農村復興事業では、地域の自然条件や文化を尊重しつつ、繰り返される干ばつ、洪水を克服するために、江戸時代から現在でも活用されている日本、九州の伝統的な土木・河川技術を採用しています。

 当面はこの復興モデルを確立させたい。そして、あと何年かかるか分かりませんが、復興モデルをアフガン各地に普及させていきたいと考えています。

 ▼中村 哲(なかむら・てつ)氏 1946年9月、福岡市生まれ。九州大医学部卒。福岡市の非政府組織「ペシャワール会」の現地代表。

 国内の病院勤務を経て、84年5月にパキスタン・ペシャワルに赴任。ハンセン病患者ら貧困層の治療に携わり、難民の医療救援活動も実施。91年からアフガニスタン東部で山岳無医村の医療活動を始め、2000年以降は井戸や用水路の建設事業に取り組む。

 アジアのノーベル賞とも言われるマグサイサイ賞ほか、福岡アジア文化賞大賞、菊池寛賞を受賞。著書に「医者、用水路を拓(ひら)く」「天、共に在り」など。自宅は福岡県大牟田市、67歳。

    ×      ×

 ●ペシャワール会

 パキスタン北西部のペシャワルに赴任する中村哲医師を支援するため、医療・教会関係者、登山仲間など300人で1983年9月に結成した非政府組織。2001年の米同時多発テロを受けた多国籍軍のアフガニスタン攻撃以降、会員が急増し、現在1万3150人に上る。

 活動の主体はアフガニスタンでの人道支援。年間5万2000人が受診する診療所の運営や、農村を復興するためのかんがい用水路建設「緑の大地計画」に取り組んでいる。13年度は非会員も含めた1万7500個人と657団体から計2億4700万円の会費・寄付が集まった。うち85%を現地活動に充てている。

 日本人有給スタッフは3人のみ。現地代表の中村医師は無給で、日本での講演料や原稿料などが収入源。

 ボランティア30人が月、水、金曜日に事務局に集まり、年4回の会報発送や会員らへの礼状書きを手伝っている。「1円でも多く現地に」を目標にしており、未使用の切手や書き損じのはがきを集めて会報発送料に充てている。

    ×      ×

 文=原田正隆、上野洋光、穴井友梨

 写真=古瀬哲裕、ペシャワール会

福岡県の天気予報

PR

福岡 アクセスランキング

PR

注目のテーマ