【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】命育む水路 次代へ (2ページ目)

西日本新聞 一面総合面

郷土の恵みこそ「生命線」

 アフガン情勢は混乱の一途をたどっている。戦火は多くのものを奪った。不寛容な殺伐さが増し、カネと武力が、人と人、人と自然の仲を裂いてきた印象を拭えない。敏(さと)い者は機に乗じて巨利を得、時流に乗れない者は取り残され、その声は世界に届きにくい。

 戦と外国人の干渉は、もうたくさんだ。故郷で家族と三度の食事がとれさえすれば、それ以上のものは要らない-この無欲な人々の願いこそが「緑の大地計画」の基礎であり、活力の源泉であった。

 無責任な論評で事は進まない。平和とは座して待つものでなく、体当たりで得ることを知った。時には軍閥や私利をはかる政治家と対決し、時には自らの欲望や怯懦(きょうだ)(臆病)と対峙(たいじ)し、天意を汲(く)んで感謝することなのだ。

 最近、アフガニスタン国軍兵士や警官が外国兵を射殺する事件が激増している。ほとんどが非政治的なものだ。11年前、米軍の「報復爆撃」は、罪のない膨大な死亡者を出した。あの頃、飛散した肉親の屍(しかばね)を無表情に集めていた子供たち、空腹で硝煙の中を逃げまどい、両親の死体に取りすがって泣いていた子供たち、彼らが今、血気盛んな青年である。彼らの心情を思えば、非はいずれにあるのか、断ずるのに躊躇(ちゅうちょ)する。剣で立つ者は剣で倒される。真理である。

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 人ごとではない。私たちもまた、大きな転換点を生きている。アフガンで起きたことは、形を変えて世界中で起きる。

 時代が自明とする錯覚は確かにある。かつて「満蒙(まんもう)は生命線」と日本中が勝手に思い込み、戦に狂奔したことがあった。だが、敗戦の小国・日本にとって、ほとんど唯一の拠(よ)り所が国土の自然であったことは、思い起こされるべきだ。戦争熱が覚めたとき、誰をも慰めて命を与えた。

 敗戦直後の深刻な飢餓は、わずかな時期を除けば、自らの食糧増産の努力で克服された。政治以前に、豊かな郷土の自然こそが、実は「生命線」だったことは、ほとんど教えられなかったと思う。

 天与の恵みをおろそかにせず、いのちを大切にする。それが国を守ることだ。あれから六十余年、山林が荒れ、農漁村がおろそかにされ、産業廃棄物や放射能におびえる世相は、とうてい次世代に引き継ぐべきものではない。郷土とは領土ではない。寸土の問題を煽(あお)る前に、もっと果たすべき道があるような気がしてならない。

 ー悠々たる大河は、黙して人間の愚行を見守ってきた。われわれの努力が天意に忠実であることを祈りたい。

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 「アフガンの地で」はアフガニスタンやパキスタンで復興支援活動を続ける非政府組織「ペシャワール会」(事務局・福岡市)の現地代表で「平和医療団日本」(PMS)総院長の中村哲医師(66)によるリポートです。随時掲載。

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 ☆記録映画「アフガニスタン 干ばつの大地に用水路を拓(ひら)く」上映会 11月24日、福岡市早良区の西南学院大チャペル。大人1200円(前売り1000円)ほか。午前11時、午後1時半、同3時、同5時の4回上映。ペシャワール会=092(731)2372。

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