【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】暗殺恐れた着工式 (2ページ目)

西日本新聞 一面総合面

厭戦 何かが変わった

 翌2月7日午前11時、予想を裏切って、州代表の副知事が突然現れた。行政側から代表以下各局長クラス4名、カシコート側から長老会代表・各村長・宗教指導者ら40名、PMS側から責任者6名、三者が一堂に会し、和やかな雰囲気で、事業宣言が行われた。

 これは異例のできごとだった。こんな片田舎に州代表が送られるのはまれだ。それは同時に、胎動し始めた情勢変化を象徴する出来事であった。30年以上続く戦乱に、官民を問わず、人々の間で厭戦(えんせん)気分が広がり、何かが確実に動き始めている。

 式の最中、村の近くで米軍の派手な「空爆演習」があり、一同は眉をひそめた。だが皆、ほとんど恐れを示さなかった。今、身近になった水利事業の話とは対照的に、空虚な演技としか映らないからだ。

 折からISAF(国際治安支援部隊)の撤退が、大々的にささやかれていた。1月下旬までに、ジャララバード空軍基地から米兵の姿がこつぜんと消えた。聞けば、欧米軍の「治安権限移譲」が当地でも始まったのだという。その対象となる地域を知って驚きを覚えた。アフガン東部・ナンガラハル州のうち、ソルフロッド、ベスード、カマ、シェイワの四つの郡で、いずれもPMSの主要作業地なのだ。奇妙な符合である。

 思えば2001年のアフガン空爆に異議を挟み、「爆弾よりもパン」を掲げ、荒れた農村を次々とよみがえらせてきた。あれから10年、大小8カ所の取水堰(ぜき)、25キロを筆頭に長短五つの用水路など、PMSの水利施設で多くの地域が潤された。耕地計1万4千ヘクタールが安定し、60万農民の自活を保障した。その活動と無関係でないかもしれぬ。とうてい武力だけで収まる地域ではない。感慨を込めて10年を振り返った。

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 こうして現地活動の仕上げともいうべき仕事が口火を切った。現場は、既に昨年10月段階で動き始めていたが、もう引き返せない。起工式を機に、重機やダンプカーを総動員し、作業のピッチを上げている。増水期が迫り、今秋の取水堰工事の成否が、冬の河川工事にかかっているからだ。

 だが、戦争と平和をよそに、自然界はそれ自身の理によって動く。再びわれわれの関心は、人間界から河に戻った。

 問題は堰に先立つ護岸工事だ。インダス川の支流・クナール川は、聞きしに勝る暴れ川だ。相当な難工事となった。

 いてつく寒風をつき、必死の作業が続く。その緊迫感は、戦に勝るとも劣らない。常々、「平和は戦争以上の努力と忍耐が要る」と述べてきた。だが、自然を抜きに、この言葉もまた、空疎である。

 厭戦気分に呼応するように、豪雪が高地を襲い、山々は輝くような白雪に覆われていた。真っ青な清流が、岩に砕け散り、純白の水しぶきを上げる。丸10年、この光景と一体になり、独り言のように河と対話してきた。

 そこに込められた無限のメッセージの中で、人は、目につくわずかな事象を語るにすぎない。人の言葉は貧しく、戦争も平和も、貧困も繁栄も、生も死も、波間に消える木の葉と等質だ。しかし、利害や虚飾を超えて備えられた道を求め、変わらぬ恵みを見いだそうとする努力だけは、営々と受け継がれていくだろう。その前には、人同士が争う根拠は、無限の点となって消える。現地30年の活動が語ろうとするところもまた、ここにある。

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 「アフガンの地で」はパキスタンやアフガニスタンで復興支援活動を続ける非政府組織「ペシャワール会」(事務局・福岡市)の現地代表・中村哲医師(65)によるリポートです。随時掲載します。

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