「命の不平等」に憤り伴走 中村哲さんと40年、ペシャワール会会長

西日本新聞 社会面 吉田 真紀

 そばにいられて、本当に幸せだった-。アフガニスタン東部で殺害された福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表の医師中村哲さん(73)が9日に帰郷した。福岡空港で出迎えた同会会長の医師村上優さん(70)は40年前、中村さんから人道支援の原点とも言える「命の不平等への憤り」を聞いて以来、伴走してきた。医師の先輩で、人生の師でもある中村さんとの突然の別れに悲しみは尽きないが「先生が実践してきた事業を、みんなで力を合わせて実現したい」と力を込めた。

 全身麻酔から目を覚ますと、状況は一変していた。中村さんが殺害された4日、村上さんは手術を受けていた。電話には同会事務局からの着信が残っていた。「中村さんが銃撃された」との一報に言葉を失った。

 中村さんが医師としてスタートを切った国立肥前療養所(現国立病院機構肥前精神医療センター)に、1年後輩として入って以来の仲だった。「先生は敵や味方の関係を乗り越えた共生を求めていた。そんな生き方を体現した『崇高』と表現したくなる犠牲だ」。敬意を込め、亡き師をしのんだ。

 生き方の原点とも言える思いを40年前に聞いていた。中村さんに登山に誘われ、パキスタンの地を踏んだ1979年6月。同級生や同僚、山仲間から慕われる「哲ちゃん」が、パキスタンで医療活動を始める5年前のことだった。旧ソ連軍によるアフガン侵攻が始まった影響で、アフガンに入る予定を変更し、パキスタン北部のギルギットに約1週間滞在した。

 夜な夜な語り合う濃い時間の中で、中村さんが憤りをあらわにしたのが「命の不平等」だった。数十円の薬が買えずに死んでいく人たちへの思い-。同じ医師として、考え方の深さと広さに感銘を受けた。

 「あれが、先生の出発点だったと思う」。83年に同会が発足。憤りをエネルギーに変えるかのように、医療活動から始まり、井戸掘削、農業用水のかんがい事業まで「誰もしないからする」を体現した。「巨人のような存在」だった。

 村上さんは同会事務局長、会長となり、すぐそばで支えてきた。「高い知性、道徳性、経験値、実践力。あのような大きな存在は再来しない」

 中村さんの指示で、3年前から事業が「20年持続可能な体制づくり」に着手している。「いかに先生の夢を実現していくか。実現のため支援を賜りたい」。国内外から届く励ましを力に変えていく。(吉田真紀)

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