太平洋戦争の白日夢 上別府 保慶

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 1990年代に「戦記シミュレーション小説」と呼ばれる架空戦記もののブームがあった。多くは太平洋戦争が舞台だった。

 もし日本の指導者が大局観を備えていたら、あるいは時代を先取りする新兵器があったならばという空想の下に、歴史ががらりと変わって日本が勝つ内容だった。荒巻義雄氏の「紺碧(こんぺき)の艦隊」(徳間書店)などが大ヒットした。

 当時、中国や韓国で過去の歴史を巡る対日批判が強まっていた。そんな時代背景もあってか架空戦記の人気は広がり、漫画やアニメの作品も続々と作られた。

 ブームが一段落しつつあった2003年、長山靖生氏が「日米架空戦記集成」(中公文庫)というユニークな本を出した。長山氏はSF史に精通する歯科医で後に日本SF大賞を受けるが、同書では明治から昭和の戦時中にかけて書かれた、架空戦記のルーツともいうべき短編11本を拾い集めて紹介した。

 この中の「桑港(サンフランシスコ)けし飛ぶ」は予言めいた内容を含み、考えさせられるものがある。

 筆者は立川賢氏。戦時中に直木賞の候補となった作家だ。この作品は雑誌「新青年」の1944年7月号に載った。前月の16日には、八幡空襲(北九州市)を皮切りに、B29による日本本土の空襲が始まっており、戦局はいよいよ厳しくなっていた。

 物語の主人公は新兵器を研究する科学者2人である。師の白川博士は放射性物質をテストするうちに、核爆発が起きて不慮の死を遂げてしまう。だが若き弟子の友枝学士がその遺志を継ぎ、ついに長距離飛行を可能にする燃料と強力な爆弾を完成する。

 友枝が乗った爆撃機は太平洋を渡ってサンフランシスコ上空に現れ、爆弾を投下。市街は轟音(ごうおん)とともに消えた。

 動転する米大統領に、識者が告げる。兵器の正体は原爆であり、科学の競争に敗れた以上、米国は降伏するしかないと。ここで物語は終わる。

 「桑港けし飛ぶ」が出た翌年、まさに反対のことが広島と長崎で起きた。士気高揚を狙ったこの小説は、つかの間、読者のうっぷんを晴らしたかもしれないが、時を経た今は読後に重苦しさを残す。

 立川氏が戦時に書いた科学小説には「幻の翼」もあり、直木賞の選考では井伏鱒二氏が推したが、山本周五郎氏の「日本婦道記」に敗れた(山本氏は受賞を辞退)。

 立川氏は戦後に筆を折り「発明発見の生活」に入って文壇から姿を消した。今はSFファンにも彼の名を知る人は少ない。 (特別編集委員)

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