聞き書き「一歩も退かんど」(41) 一念岩をも通す街宣 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 可視化を唱える「川畑の街宣車」を走らせ始めて1週間。鹿児島市の観光名所、城山で街宣を終え、昼食を取っていた私に、見るからに右翼関係のいかつい男性が近づいてきました。

 「川畑さんですね。気になることがありまして」

 「わ、私は右翼と何の関係もありませんけど…」と身構えると、貴重な情報を教えてくれました。

 「公道で拡声器の付いた車を走らせるには、警察署から道路使用許可を取らないといけませんよ。ご存じでしたか」

 いやー、全く知りませんでした。道交法77条にそういう規定があるのです。直ちに志布志署へ申請に行きました。街宣の内容が警察批判なので、許可は下りないかもと心配していたら、すんなりK署長名義の許可書が交付されました。

 それからいろんな場所へ街宣車を走らせました。宮崎の都城へホテルの食材の買い出しに行く時も、志布志事件の公判を鹿児島へ傍聴に行く時もこの車です。温泉旅行にも街宣車で行くと、さすがに湯治客が目を丸くしていましたね。

 そして2005年秋、私はこの車で九州一周の旅に出ます。毎朝、宿泊先の最寄りの警察署前に車を止め、「私は取調室で鹿児島県警に踏み字をされました。明日はあなたかも」と訴えました。車が病院の前に差し掛かれば拡声器の音量を落とし、人が集まる広場ではがんがん鳴らし、街を巡りました。鹿児島から熊本、佐賀、長崎、福岡へ。九州一の繁華街・天神でも街宣しました。

 そんな私の活動が徐々に人々に知られ始めました。ある日、街宣車で鹿児島へ裁判の傍聴に向かう途中、国道10号でトレーラーの横転事故が発生して渋滞に巻き込まれました。すると、見知らぬ男性がドアの窓をたたきます。

 「川畑さんでしょう。ニュースで見ています。少し戻ると抜け道があるので、私の車に付いてきて」

 私は先導してもらいながら「この先、渋滞が発生しています。ご注意ください」とアナウンスしつつ抜け道へ。何とこの男性は鹿児島地裁まで車を走らせ、「裁判、頑張って」と励ましてくれました。

 不当捜査を許さない、可視化を広げたい-。その一心で始めた私の街宣活動は5年前、車にがたがきて終わりになりました。走行距離は測っていませんが、地球を軽く1周したのでは。

 一念岩をも通す-。それが川畑の街宣車でした。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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