「骨は緑に変わった砂漠に」中村哲さん1年前に託す 現地にも埋葬へ

西日本新聞 一面 中原 興平

 骨は、用水路で緑に生まれ変わった砂漠に埋めてほしいー。アフガニスタンでのかんがい事業のさなかに凶弾に倒れた福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の中村哲医師(73)は1年前、右腕と信頼する現地スタッフにそう打ち明けていた。過酷を極めた建設作業の末に美しい農場や公園に姿を変えた一画は、中村さんが特に愛した場所。来日したアフガン人スタッフは遺骨の一部を持ち帰り、現地に埋葬する考えだ。

 12日に福岡市内のペシャワール会事務所で会見したジア・ウル・ラフマン医師(64)は「『私がもし死んだら、骨はガンベリに埋めてほしい』と中村先生はおっしゃっていた」と話した。

 「ガンベリ」とは、アフガン東部にある砂漠の名前。幅4キロ、長さ20キロにわたり、地元では「死の谷」と恐れられてきた。「ガンベリのように喉がカラカラだ」という言い回しもあり、用水路を通すと中村さんが言うと、周囲は冗談だと受け止めていたという。

 建設作業は激烈だった。昼近くになると50度を超える熱暑の中で約400人が働いた。作業員は全てが近隣の農民。干ばつで農地を失い、故郷を離れていた人たちだった。

 真珠を意味する「マルワリード」と名付けられた用水路は2010年に完成。砂漠の一画は現在、農場や色鮮やかなバラが咲き乱れる記念公園として整備されている。中村さんは今年9月、本紙への寄稿に書き残している。

 「ガンベリ砂漠は今、平和な静寂が支配している。かつて荒涼たる水無し地獄だった原野は、深い森が覆い、遠くで人里の音ー子供たちが群れ、牛が鳴き、羊飼いたちの声が、樹々(きぎ)を渡る風の音や鳥のさえずりに和して聞こえる」

 11日に営まれた告別式に参列した後、火葬場にも赴いたジア医師は「夫であり、父であり、友人であり、師であった人を亡くした。何百万人ものアフガン人が悲しみ、嘆いている」と沈痛な表情を浮かべた。「記念公園は先生が非常に好きだった場所。帰ったら、先生のメモリアルのような場所をつくりたい」 (中原興平)

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