聞き書き「一歩も退かんど」(42) 「無罪」聞けずに逝く 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 今日は悲しいお話になります。もし志布志事件がなかったら、この人はもう少し長生きできたのではと、悔しくてなりません。志布志事件の被告の一人、山中鶴雄さんが公判中の2005年5月24日、亡くなりました。享年77歳でした。

 鶴雄さんとの出会いは、私が菓子店を営んでいた頃。懐(ふところ)集落から幼い孫娘を軽トラックに乗せて、よくケーキを買いに来てくれました。照れ隠しで「もう、こいがケーキ、ケーキち言うもんでな」と言いますが、表情はでれでれ。「どれがよかとか? 買わんか、買わんか」。元消防団長で一本筋の通った方でしたが、孫の前ではただの優しいおじいちゃんでした。

 この連載の第4回で、私がH警部補から「山中鶴雄に焼酎を配ったろうが」と追及されたことを話しましたね。菓子店を閉じてから何年も会っていない鶴雄さんの名前がいきなり出てきて、びっくりしました。

 鶴雄さんもH警部補らにひどい取り調べを受けました。自損事故を起こし入院しても、病院まで押し掛けた刑事に取調室へ連れて行かれ、うその自白を迫られました。でも裁判では最初にきっぱり否認し、「10年かけても無実を証明する」と意気込んでいました。

 そんな鶴雄さんが入院したと聞き、私と妻の順子は病院へお見舞いに。病名は肺がんでした。枕元に立つと、かすれる声を懸命に絞り出し、「川畑君、おいはおまえから焼酎もらったとは言うとらんど。それはねかったことだもんな」。

 私は「分かってるから、分かってるから」と、細くなった手を握りしめると、もう言葉が詰まって出てきません。互いの目には涙がにじんでいました。

 鶴雄さんが亡くなる前日、病室で裁判長による臨床尋問が実現しました。仕事を終えた娘さんが駆け付けると、鶴雄さんはこうひと言、漏らしたそうです。

 「言えた」

 金も焼酎ももらっていないことを、自分の言葉で裁判長に伝えられて、心底ほっとしたことでしょう。鶴雄さんの胸中を思うと、今も涙が出ます。

 ご存じのように、志布志事件の刑事裁判は後に被告12人に無罪が言い渡されます。ですが、鶴雄さんは死亡したため公訴棄却となり、1人だけ名誉回復がなされませんでした。その無念を晴らすため、子どもたちが国家賠償請求訴訟に加わり、志布志事件の被害者と共に闘っていくのです。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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