「アフガンも沖縄も戦争の犠牲」 中村哲さん、沖縄平和賞の礎に

西日本新聞 阪口 彩子

 アフガニスタンで凶弾に倒れた福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表の中村哲医師(73)の活動は、沖縄戦を教訓に国際平和・非暴力を願う心を世界に伝えようと沖縄県が創設した「沖縄平和賞」の礎にもなっていた。同賞委員会会長を務める玉城デニー沖縄県知事は、11日に営まれた告別式に寄せた弔電で「中村先生の優しい笑顔と強い意志を忘れない」という県民の思いを届けた。

 ペシャワール会は2002年、第1回の沖縄平和賞を受賞した。17年前、沖縄県名護市で行われた授賞式で、中村さんはこうあいさつした。「米軍から空爆を受けたアフガンと米軍基地を抱える沖縄のコントラストは圧倒的。沖縄の抱える矛盾は日本の矛盾であり、米軍に協力しないと生き延びられない事情は、かの地も同じ」。翌年、副賞として受けた賞金の一部でアフガン山岳地域に困窮者のための診療所を開設。中村さんは「アフガンも沖縄も戦争の犠牲となり、非戦と平和を希求し続けている。アフガンと沖縄の心を、そして命の重さを発信する拠点としたい」と語り、診療所は「オキナワ・ピース・クリニック」と命名された。

 その言葉と行動は沖縄の人々の心にも深く刻み込まれた。参列者によると、玉城知事は弔電で「先生の活動は、その後の沖縄平和賞の礎となりました。戦乱が続くアフガンで非暴力、無私の奉仕で医療、水源確保に尽力される中、沖縄にも何度もお越しいただき大きな感謝の念でいっぱいです」とも述べたという。

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 11日の中村さんの告別式には、沖縄からの参列者の姿もあった。

 沖縄キリスト教学院平和総合研究所の内間清晴所長(55)は今年9月7日、沖縄での講演会に中村さんを招いたばかりだった。

 那覇空港まで迎えに行き、車中や控室で話をした。常に「生きることが大切」と話していた中村さんに「沖縄にある『命どぅ宝(命こそ宝)』という言葉と一緒ですね」と話すと「そうですね」と優しくほほえんだという。

 「辺野古はどうなってますか。大変ではないですか」。中村さんは、政府が強行する米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設工事にも関心を寄せていた。内間さんは「沖縄のことを考えておられた。寄り添うのではなく、苦しいことも悲しいことも共にして歩んでいく。国や文化や宗教が違っても現地の人と共に生きる。その姿勢に非常に心を動かされた」と振り返る。

 中村さんのように平和を希求する心が、沖縄の根底にもあると内間さんは感じている。「沖縄戦で傷ついた沖縄の人たちは平和を求め続けてきた。その思いが染みついた沖縄で、私も中村先生のように命の大切さを伝えていきたい。中村先生の生き方を忘れないし、これからも学び、道しるべとしたい」と前を見据えた。(阪口彩子)

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