お宝が語る宇久島の歴史 記者の実家から発見

西日本新聞 長崎・佐世保版 宮崎 省三

 上五島の宇久島(佐世保市宇久町)にある記者の実家から「お宝級」の品々が見つかった。島で最初のウエディングドレス、第1回国勢調査の記念品、昔懐かしいキャラクター人形に、選挙の生々しい資料も。亡くなった両親や先祖、島の歴史の一端が垣間見える。

 実家は「えびすや」の屋号で、江戸時代から続くとされる商家。まきなどの燃料を中心に陶器や金物も扱っていたが、戦後、父の代になって家具、家電、レコードなどに商売を広げた。2016年に父、18年に母が亡くなり、事実上の空き家となった実家で遺品の整理をしている。

 思いがけない発見だったのはウエディングドレス。両親は1960年11月、島内の神社で挙式した。母は島の開業医の一人娘で、ドレスでの結婚式は島第1号だったという。晴れ姿を一目見ようと、大勢の島民が境内を埋め尽くす様子が写真に残る。ポスター大に引き伸ばしたウエディングドレス姿の母の写真が実家に飾られていたが、実物が残っていたのには驚いた。

 衣装だんすからは、紋付きの子ども用着物が見つかった。母に抱かれた記者のお宮参りの写真に写っていた着物と同じだった。

   □    □

 木箱に入っていたのは輪島塗のとそ器。神武天皇が描かれた杯の裏に、金文字で「大正九年十月一日第一回國勢調査記念平村」と書かれている。「平村」は昭和の大合併以前に、宇久島にあった村。総務省統計資料館によると、第1回国勢調査は国を挙げての大事業で、全国の自治体が記念品を作った。調査員などに贈られたという。

 高度成長期の実家の主力商品は家電。当時の空気を伝えるのが、松下電器産業(現パナソニック)のキャラクターだった「ナショナル坊や」の人形5体。パナソニックミュージアム(大阪府門真市)によると、民族衣装と胸に国旗のあるデザインから、70年の大阪万博の頃、販促品として販売店が顧客に配るなどしていたようだ。

   □    □

 父は92年から96年まで、旧宇久町長を務めた。選挙公約だった小学校のプール完成に合わせて、92年バルセロナ五輪の競泳金メダリスト、岩崎恭子さんを島に招こうとした。実家には、あどけなさの残る岩崎さんの写真付きサイン色紙が額に入れて飾ってある。宇久小によると、岩崎さんが島を訪れた記録はない。サインの日付がプール完成の翌月であることから、招待を断った「おわび」に贈ったとみられる。

 父は島を二分する激しい町長選を戦った。選挙ポスターなどとともに段ボール箱に入っていたのは「○」「△」「×」が記された有権者名簿。詳細な票読みの証拠だ。町の新年度予算の提案説明と思われる原稿もあり、予算編成に腐心していたことがうかがえる。

   □    □

 商品だった陶器やガラス食器、漆器などの雑貨も数多く残り、一部を11月10日に島のふれあい産業まつりで格安販売した。「えびすやの処分市」だと伝えると、店が繁盛した時代、島がにぎやかだった時代を懐かしみながら品定めする島民がいた。

 50~60年代に1万1千人余りが暮らした宇久島も、今では人口2千人足らず。往時の島の出来事や暮らしの痕跡は、やがて貴重さを増すかもしれない。(宮崎省三)

長崎県の天気予報

PR

長崎 アクセスランキング

PR

注目のテーマ