平野啓一郎 「本心」 連載第97回 第六章 嵐のあとさき

西日本新聞 文化面

 戻ってくると、三好も、

「もう、こんな時間になってたのね。朔也(さくや)君、明日は早いの?」

 と言った。

「まァ、……あの、父の話、やっぱり聞いておきたいんですけど。この前、途中になってしまってたので。」

 三好は、その唐突さに驚かなかった。自分でもどうすべきかを考えていた様子だった。

「そうよね、……うーん、わたしが誤解してるかもしれないんだけど、……」

「聞いてみて考えます。そのまま話してください。」

「そう? これって、朔也君も気づいてることなのかな?――朔也君のお父さん、お母さんが話してた人と違うみたい。」

「……?」

「朔也君には、震災のボランティアで会った人って説明してたのよね?」

「そうですけど、……」

「そうじゃないんだって。」

「じゃ、……誰なんですか?」

「それは、わたしにも言わなかった。――ほんとに。しつこく聞いちゃいけないかなとも思ってたし。」

「よく理解できないんですけど、……僕は父のこと、全然、覚えてないんです。ただ、写真には残ってるから、知ってます。一緒に、ディズニーランドに行った時の写真とか。その人は誰なんですか? 僕の父だけど、出会った経緯が違うってことですか?」

 三好は、躊躇(ためら)うように少し考えていた。

「全部、知ってることを話してもらった方がありがたいんですけど。」

「その写真の人は、多分、本当のお父さんじゃないと思う。」

「じゃ、誰なんですか?」

 僕はもどかしくなって言った。三好は首を振って、

「わからない。ただ、……朔也君に本当のことを話せないまま、ずっと育ててきたこと、間違いだったんじゃないかって、悩んでたかな。未(いま)だに迷ってるって。」

「母がそう言ったんですか?」

「そう。」

「何なんですか、その本当のことって?」

「その写真の人を『お父さん』だって、信じさせてたことだと思う。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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