「介助は社会全体で負担を」 ALSのれいわ・舩後氏にインタビュー

 難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者で、今夏の参院選で初当選した舩後靖彦氏(62)=れいわ新選組=が、西日本新聞の書面と対面によるインタビューに応じた。障害者福祉の充実に向けて取り組みたい施策や、安倍政権に対する姿勢などについて語った。

 -国会議員を目指したきっかけは。

 41歳でALSを発症し、余命3、4年と宣告されました。医師から人工呼吸器をつければ延命できるとも言われましたが、全身がまひして全てのことに人の手を借り、呼吸器で生きる姿を受け入れられず、2年間は死にたいとばかり思っていました。

 しかしALSを発症したばかりの患者さんに自分の経験を話すピアサポートの活動で、初めて自分が病を得て生きる意味を発見でき、心の底から「生きたい」という欲求が湧いたのです。こうした経験を通じ、「ALSを生きる道」を選択しました。苦しみを感じて生きている人を励ますことに生きがいを感じるようになったのです。

 その延長で2014年の千葉県松戸市議選に挑戦しました。落選しましたが、その後も議員になってみたいという漠然とした思いはありました。

 そうした中で、れいわの山本太郎代表から今夏の参院選への出馬を依頼されました。山本代表の「人の価値を生産性で測ってはいけない」という訴えは、私の考えと共通しており、立候補を決断しました。

 -参院選では舩後さんと、同じくれいわ公認で重い身体障害がある木村英子さんが比例代表特定枠で初当選した。このことについて、政党による障害者の政治利用ではないかとの声もあるが、どう思うか。

 障害者、それも私のような重度と言われる障害者が政治家になれたのは、弱者の声を国政に反映させようとするれいわの山本代表の考えがあればこそです。

 障害者、重い病気の人たちが国会議員になれないとなれば、代議制による民主主義は成立しません。今まで障害者を代表する国会議員が少なかったことは問題だと考えます。選挙運動で制約がある私たちを山本代表が特定枠に入れたことは、政治利用ではなく、合理的配慮だと考えます。

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 -どんな社会を目指しているか。取り組みたい政策は。

 私の最終的な狙いは「誰もが、生まれてきて良かったと思える社会を創(つく)る」ことです。

 具体的には、経済的な格差の小さい社会を目指すため、その取り掛かりとしてまずは消費税減税を訴えたい。また、いかなる障害や重い病気があっても、尊厳と楽しみをもって自分の人生をまっとうできる社会、自分らしく生きられる社会の実現のために、ALSを生きる当事者としての経験を政治の世界で生かしたいと思います。

 そのために障害者福祉分野では、次の4点を重点的に考えています。

 一つ目は、全ての障害者がより利用しやすい介助制度の構築、必要な医療を受けられる体制の整備。とりわけ重度訪問介護サービスを就学・就労に広げ、さらに旅行などにも利用できるようにする。常に医療的ケアを必要とする人に対する、地域での在宅医療サービスを充実させる。

 二つ目は、さまざまなコミュニケーション手段、支援の充実。分身ロボット「オリヒメ」の活用だけではなく、言語・知的・聴覚・視覚障害者などへの情報アクセス(読む・書く・聞く・話す)をしっかり保障するための人的保障、技術革新への支援を行う。

 三つ目は、バリアフリーについて。大都市のハード面はかなり改善されたが、地方、小規模店舗、学校におけるバリアフリーの徹底、公共交通機関などにおけるハードの進歩に追いつかないソフト(乗務員や会社)の側の意識改革が必要だと考える。

 四つ目は、障害、病気などがあっても社会参加し、働きがいのある人間らしい仕事に就き、経済的な自立を図れるように、障害者が健常者とともに働くための職場環境の整備や合理的配慮の実現。また、いわゆる「福祉的就労」の場で働く障害者(利用者)の現状改善のための法制度の整備。

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 -参院文教科学委員会で質疑に臨んだ感想は。

 計6回、質疑を行いました。時間配分や質問内容などうまくいったときには手応えを感じ、心の中でガッツポーズをつくりました。一方、意思伝達装置の操作を間違えてブザーを鳴らしてしまったときには、心臓が口まで飛び出す思いがしました。

 大学入学共通テストにおける障害者への配慮や高校受験について質問したところ、「舩後さんだから、ここまで踏み込んだ質問ができると涙が出ました」「国政の場で取り上げてくれて良かった」などの声が寄せられ、私がこの場にいることの意味を実感しています。

 -議員活動する際に負担となりそうな制度の不備や変更が必要な運用ルールは。

 今回の委員会質問は、パソコンを使った音声の読み上げ、介助者と秘書による代読などを認めてもらうことでできました。こうした合理的配慮があることで、手を動かせず、声も出せない私のような重度障害者も、他の議員と同じように活動することができます。さらに「オリヒメ」などを使えば、挙手などの動作もできます。こうした装置も導入してもらうよう理解を求めていきたいと考えています。

 国会運営上の都合で、突然、審議が止まり、予定が立たない場合があります。介護と医療的ケア、コミュニケーション支援を必要としている私は、体力的なこと、介助者のローテーションの調整といった理由から臨機応変に対応できないこともあり、ご配慮をお願いしてきました。

 国権の最高機関で合理的配慮が進むことで、意思疎通や移動が困難な重度障害者の方々が就学、就労、活動の場で、必要な配慮を受けられることにつながっていってほしいとも考えています。

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 -文教政策で取り組みたいことは。

 インクルーシブ保育・教育の実現です。障害のあるなしで分け隔てられることなく、必要な合理的配慮を受けて共に学べるようにする。ともに育ち、学ぶ場、教室から障害児者に対する理解が自然に育ち、差別や偏見のない社会へとつながっていきます。

 医療的ケアが必要な障害児が、インクルーシブ教育に参加するための適切な医療制度の再構築や、医療的ケアが必要な障害者が外出時も訪問看護を適用できるようにする制度改正にも取り組みたい。

 いじめによる自殺や学校での体罰について、命や人権を重視した教育を進めていきたいと考えています。そのためにも、教員がさまざまな生活背景を抱えた子どもたちと向き合い、一緒に考えていく余裕が持てるよう、学校の忙しさの改善、自主的な研修等に参加できるよう環境改善が必要だと考えます。

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 -議員活動中の介助が公的補助の対象とならない問題についてどう思うか。

 議員活動に従事する時間(通勤時を含む)は重度訪問介護サービスの適用外とされているため、当面の措置として参議院が負担することになりました。しかし、これは本来私たちが求めていたこととは違い、特例、特別扱いであり、他の介護体制がないために働くことができない多くの重度障害者の問題は解決されないままです。

 本来、障害者が障害のない人との平等を基礎として、当たり前に生活していくために、必要な介助や医療的ケア、支援を受けることは、その場所を問わず権利として認められる-。これが、日本政府が批准した障害者権利条約の趣旨だと考えます。ですので、必要な介助・看護に関しては、利用者個人・雇用主が負担するのではなく、社会全体として負担(障害者福祉サービスを利用)するのが本来の在り方です。

 重度訪問介護だけでなく、行動援護、同行援護、移動支援を、働く場や就学の場に使えるようにする制度改正が必要だと考えます。政府に早期の検討を進め、結論を出すよう要請していきたいと考えます。

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 -安倍晋三首相とはどのような付き合いか。

 私の記憶では、首相と最初に会ったのは2003年11月、千葉県内での街頭演説です。名刺交換し、翌年1月から「メル友」としての交流が始まりました。

 以来、私が副社長を務める施設のオープンの際にはお祝いの花やメッセージをいただくなどしていました。一緒に厚生労働省に陳情に行った際は、ニュースでも取り上げられました。

 その後、人生、何が起きるか分からないもので、今、安倍さんは首相、私は野党の国会議員になりました。野党として、消費税や福祉の切り捨てなど、問題だと思っていることはしっかりと「違う」と指摘してきたいと思います。首相もそれをお望みなのではないでしょうか。

 今の自民党に、憲法の面などで譲れない部分はたくさんあります。一方で、国を良くしていくために協力できることは是非やっていきたいと思います。

 -安倍政権をどう評価しているか。

 安倍政権には全て是々非々で臨みます。全ての国民を幸せにし、豊かにすると考えられる法律には賛成します。しかし、経済的格差を大きくし、機会の平等に反する法律、環境や健康を損ねると考えられる法律には反対します。(聞き手・鶴加寿子)

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