【よみがえれ首里城】 関根 千佳さん 

西日本新聞 オピニオン面

◆よりUDでの再建期待

 今年最も悲しかったのは、沖縄・首里城の正殿などが焼失してしまったことだ。ニュースで知ったとき、息が止まりそうになった。燃え落ちる映像に、声も出なかった。なんで、どうして、本当なの?悪い夢なら覚めてほしい。祈るような思いだった。

 最後に訪れたのは、その3週間前。久しぶりに、やっと行けたのだった。城は夕暮れの空を背景に、美しいたたずまいを見せていた。小さい子ども、車いすの高齢者、外国の方など、多くの観光客が訪れて、漆塗りの建物を回り、庭園を散策し、城壁から街の景色を眺めていた。

 世界遺産になっているのは遺構部分などの城跡だが、実際には、復元された城を訪れることができた。だから、とても胸が痛んでならない。あの見事な建築や漆工芸を再び見ることはできるのだろうか。材木や漆などの材料も、職人さんも、27年前と同じというわけにはいかないかもしれない。

 10年ほど前に訪れたとき、首里城の茶室でクンペンというお菓子とお茶を頂いた。「ここのお庭も、もう少しで公開できます」と弾んだ声で紹介してくれた琉装(りゅうそう)の若い人を思い出す。沖縄の人にとって、首里城は誇りであり、祈りであり、アイデンティティーそのものだったのだ。

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 焼失3週間前の首里城訪問は、文化遺産のユニバーサルデザイン(UD)を調べるのも、目的の一つだった。私は福祉のまちづくり学会の「文化財・世界遺産のアクセシビリティ研究会」のメンバーである。京都をはじめとする各地の歴史的建造物を、どうすれば多様な方に楽しんでいただけるかを研究している。

 ハード面ではベビーカーや車いすで行けるルートの確保などがあるが、ソフト面でも情報やサービスのUDが必要だ。例えば外国の方へは多言語、視覚障害の方へは日本語での音声による展示品紹介が重要だ。聴覚障害の方へは受付での筆談やコミュニケーションボードの準備が要る。精神、発達、知的障害の方へも、ニーズに応じた合理的配慮が求められる。

 首里城は復元施設であるため、車いす昇降機などでバリアーを解消している箇所が多かった。QRコードを使った多言語音声案内などは、城の入り口から行われていた。Webサイトも全ページに音声での説明がつくなど、利用しやすく、文化遺産のUDとしては、日本各地のお手本となるものだったのだ。

 修復は前回の復元が基本となるようだが、UDに関しては、これまで以上に進めてほしい。世界中から、多様な年代の方々に、もっともっと来てほしいからだ。

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 歴史的建造物のUDは、常に歴史的価値とのせめぎあいになる。できるだけアクセシブルにしてほしいが、本来の価値を失っては意味がない。

 ヨーロッパの多くの世界遺産は、UDが進んでいる。城などを新たに修復する場合は、表面は昔のまま、内側にはしっかりスロープやエレベーターをつけるという、いわゆる「ファサード保存」が中心だ。世界遺産は、誰もがアクセスできてこそ意味があると考えるからである。イタリアのアッシジやフィレンツェでは、中世の街並みはそのままに、施設内部はきちんと動ける作りになっていた。

 日本でも、熊本城はアクセシブルだ。名古屋城はエレベーターを設置しない方針を市長が示し、物議をかもした。

 文化的な意義を失わず、かつ高齢化社会に対応できるような建築やサービスが求められている時代である。首里城の一日も早い再建を願うとともに、あの美しい城が、さらにユニバーサルなものになることを願ってやまない。

 【略歴】1957年、長崎県佐世保市生まれ。九州大法学部卒。81年、日本IBMに入社。ユニバーサルデザインの重要性を感じ、98年に(株)ユーディット設立。同社社長、同志社大教授など歴任。著書に「ユニバーサルデザインのちから」など。

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