福岡市のけやき通りで時々立ち話をした…

西日本新聞 社会面 野中 彰久

 福岡市のけやき通りで時々立ち話をした。最後は冬だったと記憶する。マフラーを小粋に巻いていた。先月、84歳で亡くなった九州大名誉教授の中野三敏さん。当時、通りの近くに住んでいた。「和本の蔵書を整理しているが量が多くて大変だよ」。今思うとそれは、終活の話だった。

 格好もおしゃれだったが、戯作(げさく)研究の第一人者らしく言動も洒脱(しゃだつ)だった。福岡での学会を仕切った時は、江戸の名店番付を模して、お薦めの飲食店を紹介する小冊子を作って配っていた。

 晩年の仕事は「和本リテラシー」だった。「くずし字で書かれた江戸時代以前の和本を読めないことは、文化の断絶だ」と嘆き、くずし字の読み方の普及に奔走した。書物を読みこなして、過去と現在を行き来する楽しさを伝えたかったのだと思う。中野さんが本紙に寄せた連載随筆のタイトルは「一人乗りのタイム・マシーン」だった。 (野中彰久)

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