水俣病「偽りの幕引き」60年 排水装置に機能なく…患者の思い

西日本新聞 社会面 村田 直隆

 多くの犠牲者を生み、今なお人々を苦しめる水俣病。被害拡大の一因には、原因企業チッソが水銀浄化をうたって設置した排水浄化装置「サイクレーター」の存在があった。完成は1959年12月19日。同年末、チッソは患者側と低額の見舞金契約を締結。世間では水俣病問題が終結したかのように扱われたが、そもそもこの装置に水銀除去機能などなかった。「偽りの幕引き」から60年。当時を知る数少ない患者のもとを訪ねた。

 「完成するまで何ができるか知らんかったもんな」

 水俣病公式確認から3年後の59年。熊本県水俣市明神町の認定患者大矢ミツコさん(93)はスコップとつるはしを持ってチッソ水俣工場内に通い、サイクレーター建設現場で働いていた。

 公式確認の前年。チッソに勤める夫二芳(つぎよし)さんが「足ががくがくする」と言い早退してきた。チッソ付属病院でも熊本大病院でも原因は分からなかったが、後に水俣病の発病だと分かる。

 同居していた二芳さんの両親は漁師。1年ほど入院した二芳さんに「元気になるように栄養をとらんばいかんと、魚ば食べさせた」。症状は悪化。全身のけいれんが止まらなくなり再入院し、間もなく亡くなった。働き盛りの38歳だった。

 1カ月後、義父安太さんが倒れ、寝たきりになる。子ども4人を含む家族7人の生活は困窮。家計を支えるため58年から工事作業員として働き始めた。その一つがチッソ内のサイクレーターの現場だった。

 着工は59年9月。国は年内完工を指示した。「連日泊まりで働くこともたびたびあった」。日給380円で過酷な力仕事に耐えた。

 水俣病の原因が有機水銀だと判明する前に発注された装置は、廃水に含まれる固形物を凝集・沈殿させ、水を透明化することが主目的。有機水銀を処理できないことは、実は試運転段階で分かっていた。にもかかわらず完成式典で、チッソ社長は「水銀が除去された」と称する水を飲むパフォーマンスまで演じた。

 チッソは幕引きを急ぐかのように患者団体と見舞金契約を結んだ。「今後一切苦情を申し出ない」という永久和解条項も盛り込まれていた。ミツコさんは見舞金30万円を受け取った後、工事現場を離れ、漁で生計を立てながら安太さんの介護にも力を尽くした。

 「解決」を装う一方、68年の公害認定まで9年間、有機水銀は垂れ流され続けた。被害防止どころか被害を拡大させた企業の罪-。ミツコさんは公式確認から60年を迎えた2016年の犠牲者慰霊式で祈りの言葉を述べた。「私のような悲しみはもう誰にもしてほしくない。主人たちの命が無駄にならないような会社になってほしいです」

 現在同居する末娘の吉永理巳子さん(68)は、隣に座るミツコさんの心情を代弁した。「家族がまともな生活をできるだけの補償もせず、効果もないまやかしの装置をつくる現場で働かせて…。何を先にせなんか、考えてほしかった」 (村田直隆)

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