「お・も・て・な・し」と壇上で笑顔を振りまいていた人は…

西日本新聞 社会面 向吉 三郎

 「お・も・て・な・し」と壇上で笑顔を振りまいていた人は大臣夫人になった。あのプレゼンテーションで決まってから6年3カ月余。もう、なのか、ようやく、なのか、あと13日で東京五輪イヤー、2020年がやってくる。

 戦後復興を掲げた1964年は国民が夢と希望を五輪に託した。6歳で終戦を迎えた父は日本が五つの金メダルを獲得したレスリングに胸を躍らせ、半ば強制的に次男に始めさせた。私の7歳上の兄。競技でけがに苦しんだ彼は、その経験から人を治す仕事に就きたいと整体師となり、過疎化に悩む鹿児島の故郷で貴重な存在になっている。

 「東京五輪まで生き(られる)っじゃろか」。それが口癖だった父は今年3月に逝った。「ありがとう」。亡きがらにそっと語りかけた兄の姿が忘れられない。2度目の東京五輪が国民に残す「遺産(レガシー)」は何なのか。メディアの役割も大きいと思っている。 (向吉三郎)

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