たった1人の卒業式 連載・霹靂の日々【6】大島一樹

西日本新聞

 重症のくも膜下出血の場合、血管の再破裂を防ぎ血腫を取り除くまでが最初の山。しかしその後、血腫によって圧迫された脳血管には、攣縮(れんしゅく)という反応が起こり、脳梗塞を引き起こすと言われました。発症3日目から2週間程度の間に、水頭症や脳ヘルニアを避けつつ脳梗塞を抑える、それが二つ目の山とのこと。

 右脳の広範囲、脳梁(のうりょう)と間脳に広くダメージを抱えつつ、オクサンはなんとか生命をつなぎました。全身麻酔、低体温療法、また気管切開もして、人工呼吸器のお世話になりながら。

 オクサンの実家に泊まっていた長男(中1)と次女(小2)は4日目に登校を再開。車で送迎しました。長女(高3)は当初から本当によくサポートしてくれました。ぼうぜんとした感じの私よりも、何倍も気を配り声を掛け、動いてくれたことを覚えています。

 その長女の高校から「1人だけの卒業式を」と連絡をもらいました。卒業式に出ることがかなわなかった長女への温かいお申し出。

 高校の校長室へ出向いたのは、10日目でした。校長先生から卒業証書を受け取る長女。見守るのは担任の先生や教頭先生など。胸元に花を付けていただいた長女は、やはり涙。クラスメートはいませんでしたが、立派な卒業式でした。

 3月11日。その日の午後、東日本大震災の報。オクサンのことで頭がいっぱいだった私に、そのニュースはまだ重くは感じられませんでした。 (音楽プロデューサー、佐賀県みやき町)

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