江戸から江戸を見る 小川 祥平

西日本新聞 オピニオン面 小川 祥平

 「江戸に即して江戸を見る」。11月に84歳で亡くなった九州大名誉教授(日本近世文学)の中野三敏さんはそれを実践した人だった。

 7年ほど前になるだろうか。初めて自宅を訪れた時、「和本の海」に驚かされた。壁一面の書棚には洒落(しゃれ)本、滑稽本など江戸期の和装本がずらり。自宅外に保管した分も含めると3万冊を超えた。

 同じ表題でも版や刷りの違う「異本」の存在も教えてくれた。数多くの異本を見ることで、本の変遷の裏にある社会の変化が浮かぶ。和本は江戸を見る格好の素材だった。

 真骨頂は、近代以降の江戸観を更新したことだろう。和歌、漢詩文など江戸前期の「雅(が)」と、浮世絵など後期の「俗」の間にあった18世紀に本質を見た。過小評価されてきた中期を「雅と俗が融和した成熟期」と光を当てた。

 ここまで聞くとお堅い研究者と思われるかもしれないが、接してみると洒脱(しゃだつ)でユーモアがあふれていた。1998年に西日本文化賞(副賞100万円)を受賞した際は「神田の古本屋が一番喜ぶはず。ちとツケがありまして」と語った。6年前、文化面用に近世文学研究者たちの交遊録の寄稿を頼んだ。「いいでしょう」と始めた連載はその名も「余語雑抄(よござっしょ)」。博多弁で応じた軽妙なタイトルには参った。

 そんな中野さんが一度だけ、語気を強めたことがあった。明治生まれの先輩研究者も出てくる連載には、新聞用語上は「差別的」とされる単語が頻出した。逐一修正の相談をしていると「今の基準で安易に使用を避けるべきではありません」。例えば、新聞表記では「女中」を「お手伝いさん」と直す。ただ、女中は宮中で奉公する女性への敬称が語源。これについては修正しなかった。時代を描くためにはその時代の言葉、語感が必要だったのだろう。

 晩年は文化勲章など数々の栄誉に浴した。そのたびに「江戸に光が当たってうれしい」と答えた。東日本大震災以降、近代主義に対する疑問が生じ、明治以降に一度否定された江戸が見直されつつあると感じていたという。「江戸には現代を生きるヒントがある」。振り返るのではなく、江戸から江戸を見続けたからこその言葉だと思う。

 元々は作家志望だった中野さん。通夜と葬儀は東京・三鷹の禅林寺で営まれた。寺には、敬愛した森鷗外も眠っている。 (くらし文化部)

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