「銀漢」の作家を思う 宮原 勝彦

西日本新聞 オピニオン面 宮原 勝彦

 自宅の書棚に刊行されたばかりの「星と龍」(朝日新聞出版)を並べた。南北朝時代の武将楠木正成を描いた作品で「未完」とある。その横には、今夏発売された「暁天(ぎょうてん)の星」(PHP研究所)。明治期の外相陸奥宗光が主人公だ。歴史・時代小説の葉室麟(りん)さんの新刊だが、まだ開けないままでいる。

 昭和が終わる頃、新聞記者同士として知り合った。転勤後も、彼の転職後も交流は途絶えることはなかった。

 2004年夏。悩む顔など見せたことがなかった彼が深刻な様子で訪ねてきた。文筆一本で生きるかどうか悩んでいるという。本が売れなければ収入ゼロ。家族の暮らしを直撃する。

 筑後川にほど近い耳納連山(福岡県)の麓にある露天風呂に誘った。心と体を温めてあげたいと思った。そこで何を話したかは、ほとんど覚えていない。夕暮れから漆黒となった空に天の川を見た。

 翌年、54歳でのデビュー作「乾山晩愁」が歴史文学賞、続く「銀漢の賦(ふ)」が松本清張賞を受賞した。文壇で「中年の星」と呼ばれ、12年には「蜩(ひぐらし)ノ記」が直木賞に輝き、映画にもなる。昨年は映画化2作目の「散り椿(つばき)」が公開された。

 あれよあれよという間に人気作家になったが、「あの時の露天風呂、天の川で『銀漢の賦』を着想した」と聞いた時には、天にも昇って天の川に飛び込みたい気分だった。

 「地方にいてこそ見えるものがある」と語り、記者時代を過ごした福岡県久留米市に拠点を置き続けた。作品の多くは、権力に翻弄(ほんろう)される弱い立場の視点で描かれ、わずかな希望の糸を絡め合い、懸命に生き抜く人が躍動する。彼の生き方そのものである。

 思い出すのは、作家ではない素の姿だ。私の自宅で開く落語会で受付に座り、もぎりを引き受けてくれた。直木賞の受賞後には高座に上がって、明治期の文学と落語の関わりを話してもらった。「へー、作家みたいやん」とからかうと、ムッとしていた。

 その彼が病に襲われ2年前、66歳で旅立った。なのに昨年は6冊、今年も2冊の新刊が出た。当初、病気を家族にも隠し、ベッドの上でも書き通した印である。

 13年の作家生活を駆け抜け、60冊を超える秀作を世に送り出した。「葉室麟」は存在し続けるのに23日、また命日を迎える。「生きることは、出会うこと」。彼が小説に託した思いをかみしめる。

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 ▼みやはら・かつひこ 久留米総局、北九州支社のほか延岡、荒尾、浮羽、鳥栖の各支局などを経て現在、マルチ情報センター。

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