〈親にならない〉も必要 田北雅裕氏

西日本新聞 オピニオン面

◆変わる「里親」

 大学の授業で「里親について知っている人は?」と尋ねると、2割くらいの学生が手を挙げる。さらに「里親と(特別養子縁組の)養親との違いが分かる人?」と尋ねると、その半数くらいが恐る恐る手を挙げる。そう尋ねられて自信がないのは、決して学生だけではないだろう。

 さまざまな事情で親に頼れない子どもを養育する「里親」は、終戦直後の1947年、児童福祉法の成立とともに制度化された。当時は、親がいなくなった多くの戦災孤児の<親になる>ことが託されていた。その後、成長した孤児は施設や里親を巣立っていくが、60年代以降、親による不適切な養育が顕在化していき、後に「虐待」を受けた子どもを支える役割も担っていく。たとえ虐待が認められたとしても、子どもにとって親であることに変わりはない。周囲ができることは親を否定することではなく、「子どもからみた親の存在」を尊重し、その関係性をケアすることだ。一方、87年に制度化された特別養子縁組は、法律の上でも<親になる>制度である。つまり、里親が育て支える対象のほとんどは、親がいない子どもから「親がいる子ども」へと変化した。

 米国では毎年5月に「里親月間」が開催されている。今年のテーマは「親の代わりではない、(元の)家族のサポートとしての里親」だった。里親が日本以上に浸透している米国では、そのケアのあり方として<親にならない>ことが強調されている。

 国内の話に戻そう。児童相談所へ寄せられる虐待通告・相談は年々増加しているが、例年その9割以上の子どもが、家族のもとに戻っている事実はあまり知られていない。全てが虐待ケースではないが、少なからぬリスクと不安を抱えた親子が、あなたのすぐそばにいるかもしれない。子どもを支えるために<親にならない>存在が必要なのは、日本も同じなのだ。

 里親は、その字面からも<親になる>と想起しがちだ。そこには、親に依存した子育て像と、親のように長年育てていくイメージが重なる。しかし<親にならない>からこそ支えられる子どもたちがいる。それはつまり、少しずつ、時々、「みんなで支える」ことに他ならない。少しの時間でいい。里親になって、みんなで支えていきませんか?

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 田北 雅裕(たきた・まさひろ)九州大大学院人間環境学研究院専任講師 1975年生まれ、熊本市出身。NPO法人SOS子どもの村JAPAN理事や福岡市里親養育支援共働事業ファミリーシップふくおか代表も務める。専門はまちづくり論など。

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