自暴自棄乗り越え演劇に汗 恩師と自伝出版の男性「いつでも前へ」

西日本新聞 社会面 四宮 淳平

 何の目標も持てず、ただ怠惰に過ごす日々。自暴自棄だった自分が変われたのは、大切な役割を任せてくれた高校の教員や先輩、そして母の存在だった-。福岡県筑後市の福祉施設職員、田原照久さん(36)が、自身の半生を恩師と一緒につづった著書を出版した。「いつでも、どんな状況でも人は新たなスタートを切り、前に進めることを伝えたい」という。

 小学3年の頃、母に連れられ、2人のきょうだいと家を出た。年に数回しか家に帰ってこない父が原因だった。親類から「別に家庭がある」「子の手術代と称し、お金を無心している」と聞かされた。ささやかな父子の思い出は壊された。

 「父に受け入れられていなかったんだ」。鏡に映る自分に、父の面影を見つけるのも腹立たしかった。中学1年で学校に行かなくなり、仲間と酒を飲み、カラオケで憂さを晴らした。「俺たち、何やってるんだろう」。心はむなしかった。

 学校では級友に怖がられた。親身に話を聞いてくれた教員も1度だけ。級友と仲良くさせようとする教員の言動に、いら立った。

 ある夜、母に怒鳴った。「何もかもどうでもいい」。いつもは手を出さない母に頬をたたかれた。頭が真っ白になり、胸が痛んだ。「母を大切にしなければ…」。母が進学を願ったため、西日本短大付高(同県八女市)に進んだ。

 だが状況は変わらず、すぐに退学の機会を探し始めた。そんな頃、担任の竹島由美子さんが偶然、きびきびと掃除をする田原さんの姿を見て、顧問をしていた演劇部に引っ張り込んだ。

 「樹(き)を作ってほしい。君に任せたい」。部の指導役だった卒業生の一言が転機となり、田原さんは鬱積(うっせき)した全てのエネルギーを演劇部の活動に注ぎ込んだ。

 役割は大道具にとどまらず、役者に転身し、部長にもなった。団員それぞれの体験を基にした舞台では、父を巡って自身が苦しんだ心情を赤裸々に表現した。竹島さんは「彼がいたことで演劇部が、いろんな悩みを抱えた多くの後輩の居場所になった」と振り返る。

 共著は、こうした充実した高校生活を軸につづっている。タイトルは「僕のリスタートの号砲が、遠くの空で鳴った」(高文研、1760円)。田原さんは言う。「人は成長できる。今の社会をつくっている大人に知ってほしい」 (四宮淳平)

 メモ 26日午後3時から、福岡市早良区の西南学院大である九州民教研福岡集会で田原さん、竹島さんが講演する。

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