SNSも「願」を忘れずに【坊さんのナムい話・2】

西日本新聞 くらし面

 会員制交流サイト(SNS)を駆使するお坊さんも最近増えてきたようで、これから始めようとする人から使い方を尋ねられることがあります。そんなときは「始める前に『目的』を明確にした方がいいですよ」とアドバイスします。

 私の場合、目的は「お寺の宣伝」。一人でも多くの人に、お寺の門をくぐってほしいからです。娘から「お父さんはいつもスマホをいじってるね」と言われても、「お寺のためだから」と言い切ります。たまにつぶやく(投稿する)ことに疲れたり、反応に落ち込んだりすることもありますが、お寺のためと思えば気持ちを切り替えられます。

 仏教では、修行をするときは必ず事前に目的を明確にし、これを「願」といいます。SNSを使うときも願が大事なのかもしれません。自分の使い方を振り返るよう意識していれば、本来の目的から外れたときに修正したり、距離を置いたりすることができます。時にはやめる選択をしてもいいのです。

 SNSが厄介になるのは、目的が承認欲求と重なったときです。自分の投稿に対する反応が「いいね」の数などに反映されますので、反応が多いとなんだか周りから認められた感じがします。これは私も時々起こることで、多くの人が自分の発信に共鳴してくれる、いわゆる「バズる」状態のときです。注目されたと考えるとうれしいのですが、問題は長続きしないこと。どんなに注目を集めた投稿も、数日すると何事もなかったように反応は収まります。そうすると途端に寂しくなるのです。「もう一度!」という思いが湧いて、発信にも熱がこもります。しかしこうして狙ったつぶやきは大抵スベって余計にむなしくなります。バズったときほど平常心を心掛け、「おまえの目的は何だ?」と自分に問い掛けるようにしています。

 誰でも発信できる便利さから広まったSNSですがいつの間にか「自分が何をもらうか」ばかりが目的になっていませんか。何をもらうかより、何を与えるのか。そこがSNSと付き合う上で大切だと思います。 

 (松崎智海 永明寺住職、北九州市)

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