「いのちスケッチ」効果 吉田 賢治

 大きなヤマ場はない。それでも、日々の暮らしの中に尊い「命」との向き合いがあるのを気付かせてくれる。何げない情景が胸に染み、自然と涙がこぼれてしまう。福岡県大牟田市が舞台の「いのちスケッチ」はそんな映画だ。

 メガホンは、地域を主題に数々の作品を生んできた瀬木直貴監督。三重県出身だが、九州が舞台の作品が多い。福岡県新宮町の「千年火」(2004年)、同県久留米市の「ラーメン侍」(11年)、大分県宇佐市の「カラアゲ☆USA」(14年)などだ。

 瀬木監督は、撮影数カ月前から現地に住み込み、地域の息づかいを感じながらストーリーを練り上げる。「潜在する良い面を掘り出すだけでなく、抱える課題に処方箋を出したい」と思いを語る。

 大牟田発の映画は過去、炭鉱や事件を題材にした作品が主だったが、瀬木監督が目を付けたのは動物園だった。人口減少が進む町で「幼少期に訪れた後、子どもや孫と来るリピーターを生む場所」として主舞台に選んだ。動物の幸せを第一に考える園の「動物福祉」の取り組みは、全国の注目を集めてもいた。

 「大都市ではないのに、なぜ動物園があるのか。それは長く栄えた炭鉱のおかげ」。瀬木監督は市内の講演会に出かけては、萩尾望都さんをはじめ地元出身の漫画家の多さなどを例に挙げ「大牟田には文化の厚みがある。炭鉱のプラス面にも誇りを」と、映画に込めた思いを吐露した。

 まちづくりに携わってきた若手経営者らが瀬木監督の思いに共鳴し、オールロケをサポート。やがて経済界や行政も支援に動きだした。公開が始まると映画館に市民が殺到。炭鉱閉山後の寂れゆく市ではなく、人と動物の命に優しい市として描かれた古里の姿に「こんなにいとしいまちなのか」と多くの市民が自信を取り戻した。

 地域活性化が目的の「ご当地映画」は全国で花盛りだ。もちろん興行なので収益を上げる必要があるし、その成否は経済効果の大きさで判断される部分もある。ただ「いのちスケッチ」は経済効果以上に、市民への心理的効果が大きいと感じている。

 映画故に盛り上がりは公開時のいっときだろう。それでも瀬木監督は「映画が活性化させるのは、地域の人々」と語る。市民が誇りを抱き始めた大牟田。マイナス思考から脱却し、まちづくりの分岐点となる予感がしてならない。

 九州の上映館は現在、大分県別府市(26日まで)と大牟田市(年明け以降まで)。大牟田では動物園にも訪れてほしい。 (大牟田支局長)

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