黄門様のアテレコ論争 上別府 保慶

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 米ドラマ「刑事コロンボ」の吹き替え(アテレコ)台本は、翻訳家の額田やえ子さんの仕事だった。直訳では「妻は言っている」となるところを、額田さんは「うちのかみさんがね」に味付けする。

 「私はそれが全く好きでない」のせりふがあれば、コロンボの場合は「納得できませんねえ」にし、「刑事コジャック」では「気に入らねえなあ」と自在に書き分けた。

 コジャック役のテリー・サバラスは両親がギリシャ系で独特のなまりがあった。これを吹き替えた森山周一郎さんは、べらんめえ調で演じて雰囲気を増し、作家の曽野綾子さんに激賞された。曽野さんはアテレコを嫌ったが「悔しいけれど認めます。アテレコは芸術です」と言ってくれたという。洋泉社の本「とり・みきの映画吹替王」より。

 吹き替えの世界は、脚本家(翻訳家)と声優が発展させた。後に「水戸黄門」でお茶の間の人気者となる俳優の東野英治郎さんが、これに苦言を呈したことがある。1962年2月19日付の東京新聞に「“声”優に危険手当てを 他人の演技に合わす苦しみ」という一文を寄せたのだ。

 東野さんは、他人が演じた動きに、声だけを当てはめるアテレコは、俳優にとって自らの演技力を損なうことにつながる「危険な仕事」だと主張した。これには賛否が巻き起こり「アテレコ論争」と呼ばれる騒ぎに発展した。

 声優の永井一郎さんが「ガンダムセンチュリー」(みのり書房)というアニメ本に反論を書いたのは、声優ブームが燃え上がる81年のことだった。「サザエさん」の磯野波平役で知られる永井さんは、舞台や映画の仕事もこなしてきており、声優のギャラの低さは身に染みていた。それだけに東野さんの言は、声優の仕事を見下す「舞台帝国主義」と映り、舞台の演技も、声優の演技も、本質的に違いはないと訴えたのだった。

 東野さんにも、東映動画の「安寿(あんじゅ)と厨子王丸(ずしおうまる)」などで声を当てた経験があり、売れない俳優が生活のためにアテレコでしのぐ状況は熟知していたはず。ただ、自分の投げた一石が長い論争を呼ぶとまでは想像しなかったろうし、未来に声優文化が「サブカルチャー日本」の一翼を占めるのもまさに想定外だったろう。

 今年の物故者にドラマ「奥さまは魔女」のナレーターだった中村正さんがいる。「奥さまの名前はサマンサ」で始まるあの懐かしい声は日本語版だけのもの。中村さんは最初の録音時に、コメディーの味を深めるため丸1日をかけて工夫したという。享年89。 (特別編集委員)

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