鳴り響く「失敗の序曲」 水江 浩文

西日本新聞 オピニオン面 水江 浩文

 「ノモンハン」の原義は、ラマ僧の役職名だという。その地にラマ僧の貴人の墓があったことから地名になったとされる(半藤一利著『ノモンハンの夏』より)。

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 1939年5月から9月にかけて、旧満州(現中国東北部)とモンゴルの境界付近で、旧日本軍の関東軍と旧ソ連・モンゴル軍が武力衝突し、旧日本軍が惨敗した。

 ノモンハン事件である。死傷者は両軍で計4万人以上に及ぶ。端緒は国境紛争だったが、実態は明らかに戦争である。しかも、それは旧日本軍にとって初めて体験した本格的な近代戦だった。

 にもかかわらず「事件」と呼んだこと自体に、敗戦の事実に背を向け、教訓をくみ取るどころか、不都合な真実を歴史の闇に葬り去ろうとする隠蔽(いんぺい)の意図すら感じる。

 情報の貧困と補給の軽視▽現地(関東軍)と中央(陸軍参謀本部)の相互不信▽時代遅れの兵器と装備▽合理的な根拠を欠く精神主義の横行▽敵の過小評価と自軍の過大評価▽曖昧な戦略目的と場当たり的な戦力の逐次投入▽過度に融和を重視する組織と責任の所在を曖昧にする人事…。

 軍隊に限らず、あらゆる組織が犯す過ちや失敗の事例がノモンハン事件には満載されている-と改めて思う。2年後に開戦する太平洋戦争で数百万に及ぶ国民の命を奪った惨禍の理由と背景が凝縮されている。

 84年に刊行され、ロングセラーとなった「失敗の本質-日本軍の組織論的研究」は失敗事例の筆頭にノモンハン事件を取り上げ「失敗の序曲」と命名した。言い得て妙だとつくづく思う。

 学徒出陣で戦車兵になった作家の司馬遼太郎さんによれば、日本軍がノモンハンに投入した戦車は鋼板がとびきり薄く、大砲も貫徹力がなかった。なぜ、こんな使い物にならない戦車を造ったのか。元参謀は戦後、司馬さんにこう言い放ったという。

 「戦車であればいいじゃないか。防御鋼板の薄さは大和魂でおぎなう」(「戦車・この憂鬱(ゆううつ)な乗物」より)

 こんな参謀たちに戦争は「指導」されたのだ。

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 さて、80年前の事件を「荒唐無稽」と一笑に付すことができるだろうか。公文書の改ざんや隠蔽、検査データの偽造、政府統計の不正など信じ難い出来事に遭遇するたび、私は軽い目まいのようなものを覚えてしまう。その時、あの「失敗の序曲」が通奏低音のように鳴り響いている気がするのだが、幻聴だろうか。 (論説副委員長)

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