平野啓一郎 「本心」 連載第109回 第六章 嵐のあとさき

西日本新聞 文化面

 車に跳ね飛ばされた彼の顔は、描写されない。ただ、既に死体となってしまったかのように無力な体が、急停車したバンパーの先で地面に叩(たた)きつけられる。若いカップルが、慌てて車から降りてくる。彼は即死ではなかった。頭部からは夥(おびただ)しく出血しながら、しばらく熱せられた硬いアスファルトの上で、青空を見ている。

「しかし、その死の一瞬前に瞳に映っていたのは、どこか遠い彼方(かなた)のようだった。」

 僕は、その「死の一瞬前」という言葉に釘づけになった。母が、そのことに拘(こだわ)るようになったのは、恐らくは、この小説の影響なのだった。

 

 小説には、後日談が書かれている。

 番組はお蔵入りになり、この話は、しばらく“なかったこと”とされていたが、その後、遺族が雑誌のインタヴューで、欺(だま)されたまま死んだあの子が不憫(ふびん)だと訴えたことで、一気に明るみに出ることとなった。

 世間は彼に同情した。

 “ドッキリ番組”の制作者たちには、非難が殺到した。「欺した女」として、主人公も攻撃の対象となった。彼女はただ、指示された通りに役目を果たしたに過ぎなかったが、「人の心を弄(もてあそ)んだ」という汚名は拭えなかった。

 まったく無名だったにも拘(かかわ)らず、本名が明かされ、「外資系企業に勤務するOL」ではなく、クラブのホステスだという身許(みもと)が暴かれ、それがまた、死んだ芸人のファンの怒りを買った。そんな女のことを、最期まで信じて愛していたと思うと、やりきれない、絶対に赦(ゆる)さない、と。

 騒動が大きくなると、制作の責任者は、勿論(もちろん)、死んだ芸人も、すべて仕事とわかった上で、欺されたフリをしていたに過ぎない、決して本気で彼女を好きになったりはしていない、と釈明した。番組自体が、すべてフェイクなのだという告白は、一部でまた別の顰蹙(ひんしゅく)を買ったが、それを信じない者たちも少なくなかった。

 

 以後、彼の「本心」を巡る長い不毛な議論が続いた。

 欺された演技をしている内に、本当に好きになっていたとしか思えない、と言う者があった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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